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顔合わせ

 その日はやってきた。姉と桂木さんが出会う日だ。

 家族全員の顔合わせの日。私が別れを告げられるかもしれない日。桂木さんは姉の個のみかは知らないが、顔はかっこいいから気にいるだろうと予測は立てられる。嫌な個々の準備だとは思うけど、振られる心づもりでいなければ私はやってられないのだ。

 そういえば、これで姉が桂木さんと婚約したいと言い出したらどうなるのだろうか。桂木さんからではなく、姉が求めた場合。それでも同じなのだろうか。たとえ桂木さんが私を求めてくれても、姉が「私が婚約したい」と一言言っただけで、私の婚約は無くなるのだろうか。そして、私はなぜ、こんなにも焦っているのだろうのだろう。いつものことと割り切ってしまえばいいのに。なぜ私は、桂木さんを取られたくない? 初めてことでわからない。

 隣にいた姉に「表情が硬い」と言われる。誰のせいだ、と思わないでもないが、これは私が勝手に思っていることだから口には出さない。桂木さんは、姉を見ても、私を求めてくれるだろうか。

 車に揺られて数十分。私たち家族はホテルに着いた。有名かつ大きなホテルで、結婚式も挙げられるところだ。桂木さん一家はすでに着いていて、私たちを待っていた。ああ、怖い。姉の反応が。婚約に乗り気なわけではないが、せっかく求めてくれたんだ。私を選んでほしいと思うのは不思議ではないはずだ。しかし、案の定と言うべきか、姉は桂木さんをロックオンしたらしい。両手を胸の前で組み、「かっこいい」と言っている。ああこれは、と思った時にはもう遅い。


「初めまして、柏木優香です。よろしくお願いしますね。静人さん」


 私ですら「桂木さん」のなに、姉は初対面で「静人さん」とよく言える。感心してしまう。まあ、姉の性格を考えたら想像は容易かったりする。桂木さんは姉の押せ押せな態度に引いているようで、一歩下がったのがわかった。私の両親は姉に、桂木さんが気に入ったのか訊いている。ああ、これはいけない。婚約の話がなくなってしまう。……いや、なくなってもいいじゃないのか? 別に私から望んだわけじゃないんだから。あれ、どうして私は不機嫌なんだ? わからなくなってきた。

 桂木さんが私の目の前に来る。私の手を取り、言う。「会いたかった」と。ああ、この人は違うんだ、と思わせてくれる。しかし、油断は禁物だ。姉に振り回されてきた私はわかる。最大の難関は両親であることを。姉が一言言うだけで、桂木さんの婚約相手が変わるのだ。ああ。なんというわがままか。

 案の定と言うべきか、姉は「静人さんがお見合い相手なら私が婚約者になりたいくらい」と言い出した。つまり、私(優海)ではなく、優香と婚約したいと言っているのだ。桂木家がどう思っているのか知らないが、柏木家の方針は決定した。優海から優香へ、婚約者を変えることが決定したのだ。両親の反応を見て、私は落胆した。やっぱり、姉には敵わないようだ。はあ、と溜め息を吐くと、桂木さんが「どうした?」と訊いてくる。私は何も言わないまま、取られた手を握りしめた。初めて私を選んでくれた人。きっと心のどこかで思っている。この人なら、私を見てくれる。私だけ見てくれる。なんとなく、そう思っていることを自覚した。

 桂木さんはいぶかしげに見てくるが、私の手を握り返してくれた。それだけで安心できるから不思議だ。ほっとして、桂木さんに笑いかける。彼は口元に手を当てて表情を隠してしまった。残念。顔が見れなくなってしまった。もう少し見ていたかったのに。

 両親は姉の言うことを叶えるため、桂木さん一家に婚約を優香としてほしいことを伝えた。これには桂木さん一家はびっくりだ。「お見合いは嫌」と言って断った優香(あね)を「婚約者に」と言っているのだ。びっくりしないほうが難しいというものだ。両親はさらに「この話はもともと優香との仲と取り持つためだ」とも続けた。桂木さんの視線を感じて下を向く。いたたまれない。なんと身勝手な行いだろうか。私両親を恥じた。裏切り行為をしたのは間違いなく柏木一家なのに、一度ならず二度も裏切るなんて。この婚約が無くなってもなんら不思議はない状態だ。柏木さんの視線が痛い。貫くような視線を浴びているようだ。


「残念ですが、僕の婚約者は優海さんです。それは変わりません」


 桂木さん――桂木静人さんの声が響いた。思わず顔を上げると、優しげな桂木さんの顔があった。安心させるように手は優しく握りしめたままだ。 


「あまり、おもしろい冗談ではありませんね。断ったほうと婚約させるなんて。それに僕は言ったはずです。優海さんと婚約したい、と。それがどういう意味か、あなたがたに理解ができていないように感じますね」


 笑顔のままそう言った桂木さんに、両親は顔色を青くする。どれだけ侮辱するつもりか。言外に追及する桂木さんに軍配は上がった。桂木さんの両親は桂木さんが決めたなら、という考えなのか、何も言ってはこなかった。それがまた、恐怖のように私は感じたのだけど、姉と両親がどう感じたかんて、私が知るはずもない。

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