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身代わりのお見合い

 身代わりなんて慣れている。いつだって大事なのは長子ちょうじょであり、次女の私はずっと二の次なのだ。欲しいものがあれば姉は買ってもらえるのに、私はいつだって姉のおさがりだ。服もおもちゃもご機嫌取りも、何もかも。それこそ、婚約者でさえも。婚約者、と言う通り、私は今、見合いをしている。それも、「見合いなんかで結婚したくない!」と言った姉の代わりに。断ればいいものを、両親は私をあてがったのだ。つまり、姉の代わりに見合いをして結婚しろと言っている。姉が断れば私に回すくせに、私が嫌だと言っても私の意見なんて無視である。こんな両親に育てられもすればひねくれるというものだ。けっして、口には出さないが。今日、このために何を犠牲にしたのか、この親にはどうでもいいことで、今までとなんら変わりない。相手のご機嫌を取るだけだ。

 華がある、と言われていた姉とは違い、私は地味だと言われていた。それは今も変わらないし、変えるつもりもない。私はまだ学生だが、姉は社会人だ。華がある方がいいに決まっている。それに、私は地味と言われている方が楽だ。人間関係が希薄で済む。人間関係を築くのは面倒だ。だいたいが姉のへの橋渡しで、いい加減にしてほしい。高校までは何度も利用されたものだ。まあ、あまりしていなかったのだけど。

 さて、過去のことを考えて現実逃避をする時間もそろそろ限界か。両親の視線が痛い。なにより、相手の視線が痛い。もうやめて。私のライフはもうゼロよ。そんなセリフが思いつく。わりとしたたかな私には効かない視線である。

 相手さんはどっかの会社の御曹司らしい。釣書を見てないから知らなかったが、十二分に格好いいお方だ。姉ももったいないことをした。見合い、するだけすればいいのに。私は見合いをしても結婚しないけど。父さんと母さんがうるさそうだけど、まだ学生だし、なにより恋愛結婚にあこがれているのだ。見合い婚なんてごめんである。



「優香さんとお見合いとお伺いしたのですが……釣書の方ではありませんよね」

 

「初めまして。柏木優香の妹の優海と申します」


「初めまして。桂木静人と申します」



 両親は頷いている。これでよかったらしいが、こちら側が非常識なことをしている自覚はあるのだろうか。……両親の反応からに自覚は無いのだろうが、相手次第、なんだよな。両親が身代わりを立てるほどの人物なんだから。

両親と向こうの親で話があるようで、私は桂木さんと二人きりになった。剣呑な雰囲気ではなさそうだけど、いい話ではなさそうだ。なんたって身代わりだ。破綻だろう。私もその方が嬉しい。



「……申し訳ありません。姉ではなく、私が来てしまって」


「いえ、驚きましたけど、僕は大丈夫ですよ」



 僕、ね。なんか胡散臭い。全体的に胡散臭い。私に興味がないことなんて丸わかりだ。桂木さんは懐に手を入れてたばこを吸い始めた。喫煙者か、と思った。喫煙は別にかまわないが、こういう場面でいきなり、断りもなく吸い始めるのは非常識ではないだろうか。一言断りを入れるのが常識だろう。見ていると、「なんだよ」と返ってきた。こちらが素なのだろうか。だとしたら、相当な演技派だ。感心する。別に、と返すと桂木さんは正座から足を崩し始める、くやしいが、本当に格好いい。今からでも来てくんないかなあ、お姉ちゃん。

 桂木さんと私の間に沈黙が流れて数分。桂木さんが私を見遣る。否定的なまなざしではないから見返すと、彼は口を開いた。


「お前、なんで見合いに来たんだ? 姉の代わりに結婚でもしょうって?」


「違います。誰もがあなたに興味があると思わないでください。ただ、姉の代わりに来ただけですから」


「代わり?」



 彼は本当にわけが分からないようだ。教えてもいいかな。どうせまだかかるんだろうし。



「姉が見合いで結婚をしたくないと言い出しまして。そこで破談にすればいいものを、両親が私に、姉に代わりに見合いをしろと言ってきたんです。そこに私の意見はありません。私は彼らにとって、ただの所有物ですから。」



 言い終わると、先ほどとは違う、気まずい沈黙が流れ始めた。彼は私ではなく姉の見合い相手だ。私に興味が無くて当然なのに、この沈黙のせいで勘違いしそうになる。まあ最も、こんなこと言われたら誰だって気まずくなるか。ふう、と息を吐いた私は桂木さんを見た。私を凝視する桂木さんは、たばこの火を消して、片肘をテーブルに置き、掌に顔を置く。それすら様になっていることに自覚はあるんだろうか。……ありそうだ。私のイメージだが、自覚を持って行動していそうだ。きっと、私も彼に興味があると思われていそうだ。まったくもって興味がないのに参加させれた私の気持ちをくみ取ってほしい。そしてこの人はいつまで見てるんだ。いい加減は恥ずかしくなってくるんだけど。



「なんですか? 特段面白い顔でもないでしょう」


「んー。そうなんだけどね。親近感がわく」


「どうせ地味です。あの、帰ってもいいでしょうか?」


「なんで?」


「講義をさぼってきたので。それに課題もありますし」


「学生なんだ?」


「ええ。ですから……」



 彼が立ち上がる。私は怪訝に桂木さんの動向を見て横へと体を逸らす。桂木さんが、私の横に座ったのだ。いったいなにがあって私の隣に座ったのだ。私はただ帰りたいと言っただけなのに。



「なんですか」


「男慣れ、してないだろ」


「……男性は、誰かを紹介してもらうために、近づくのではないのですか?」



 私の問いに、桂木さんはきょとんとして、次いで体を震わせた。それが笑っているとわかるのは、口を押えて、腰を曲げているからだ。笑ってる間に私は彼から離れて様子みる。気を向けていない今のうち、と逃げようとしたら彼の手に捕まった。手首を掴まれて、その体に抱きこまれる。初めての経験とぞわりとした感覚に暴れようとするが、さらに力が強くなるだけだ。諦めて力を抜き、溜め息を吐いた瞬間、ふすまが開いた。



「静人。この縁談は……」


「母さん。俺。この子と婚約するから」


「……は?」



 素っ頓狂な声が、静かになった部屋に響いた。

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