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トラックで転生者を量産するお仕事です(2)

作者: 雪走

「神は七日目に休日を創った」


「はぁ?」


「つまり神は疲れる」


「なに言ってんの、ケイト」


「つまりですね、レナ様。休日を創りませんか」


レナは意味が解らない、という顔をした。


「天使だって疲れるんですよ」



あれから3ヶ月が過ぎた。

季節は夏。俺達は未だに故郷ヴィルヘイムへ帰ることができないでいた。


だからこうして、来る日も来る日もトラックを運転して人を轢き続けている。


「オロロスリープ様は休日を創った覚えはないって言ってたわよ?」

「神がそんなブラック企業みたいな考え方をしているから俺達は今こうしているわけだ」

「休日っていったって、何するのよ。内職だって休むわけにはいかないし……」


そう、内職。

食事をしなくても天使は死なない。だが腹は空く。

それはこの世界のルールに従っているからだ。


元々、天使は人間における三大欲求である「食欲」「性欲」「睡眠欲」が全くない。

もっと言えば、欲求そのものが殆ど欠落していると言っていい。

上級天使の中には、まるでロボットのように仕事をこなす天使も居て、不気味さを感じる事もある。


神に最初に造られた生物である我々は、様々な生物のベースとなるように、最もプレーンで無ければならない。


……そう教わったのだが、昨今は異世界に出張する天使も少なくなく、その概念が破られつつある。

神の創った異世界では「すべての生物は欲によって動く」とルール設定されている世界もあり、その異世界へ行くと我々天使でもそのルールに従わなければならない。

そんな世界へ出張し、戻ってきた天使には必ず何かしらの欲が付与されている。どのような天使であれ、二、三度も異世界へ行けば欲の量はもう人間と変わりないだろう。


隣にいる熾天使セラフィムなど、上級天使であるのにも関わらず、権力という欲にまみれていた。いったいどんな世界に行けばこんな性格になるのだろうか。


話を戻して、俺はこの世界のルールに従って「食欲」「性欲」「睡眠欲」が付与された状態で働いている。

なので食べ物を腹に入れたくなるし、最近薄着を着るようになったレナの胸元にドキっとするし(全く不本意極まりないが)、昼寝もしたくなる。

性欲に関しては問題ないが、食欲と睡眠欲だけはどうにもならない。

そこで食費代とトラックのガソリン代とトゥルースリーパー代を稼ぐためにも内職をしているのだ。


「一週間に一度休んだくらい、うちの家計には問題ありませんよ。なにせ3ヶ月もやってるんですから」

「……そう?私、家計は良くわからないけど、晩ご飯のLチキは無くなったりしないわよね?」

「それくらいであれば大丈夫です」

「ならいいわ。休日をつくりましょう」


危なかった。ゲンコツメンチでなくてよかった。





日曜日。


待ちに待った休日。


実をいうと、やりたい事があってレナに休日を打診したのだ。


朝の光がカーテンの隙間から顔を出した頃、トラックへの燃料補給ついでに、俺はアパートから数キロ離れた廃ビルへ向かう。

レナはアパートでぐっすり睡眠中だ。


「さて」


廃ビルの赤く錆びた階段をカツン、カツンと登る。

少し息を切らしながらビルの屋上に着くと、飛び降り防止の金網の上に座っている女がいた。

明らかに目立ちそうなセミロングのピンク髪を風に揺らして、右目を完全に隠した前髪を指先でくるくると弄っている。

数十メートル下の道路に向け足を所在なさげにぶらぶらさせていたが、こちらに気が付いたようで、はにかみながら金網の上に立った。

背中の羽をはためかせながら。


「久しぶりですね、アルドケイト様」

「……ああ。ベラトリクス、久しぶり」


そう、こいつは天使だ。

しかも上級天使。

俺のような下級が気軽に話せる存在ではないのだが、前回人間界に来た際、お世話になったのだ。そりゃもう、色々と。

今回、レナが天国世界へ帰るには上級天使に転生陣リュミエールを譲ってもらわなければならず、トラックで転生者を生産ついでに上級天使を探すのが目的だが、実は俺は天使の居場所を知っていた。

しかし、こいつ以外の天使に会ってレナを天国世界へ帰してハッピーエンド、という展開を期待していたのだが、どうもそうはうまくいかないらしい。

なぜこいつに会わなかったのか、会いたくなかったのかは直ぐにわかるだろう。


「やっと私に会いに来てくれたんですね」

「いや、そういうわけでは」

「よいのです。やはりアルドケイト様には私が居なくては駄目なようです。一時期はアルドケイト様が下級天使であることを嘆いておりましたが、私が上級であるためにアルドケイト様が頼ってくださる事に関しましてはオロロスリープ様に感謝せねばなりませんね」

「頼る羽目になったのは否定しないが……」

「それにしても私の元へ来るのが遅かったのではないですか?」

「ん?俺が人間界ミッドヘイムに帰ってきてたのを知っていたのか?」

「ええ。最初から、ずっと見ていました。これからも、ずっと」

「そ、そうか」


こういうやつなのだ。

こういうやつだから、関わりたくなかったのだ。

智天使ケルビム・ベラトリクスヴェルヴェーヌ。

3年前にひょんなことで俺と会い、人間界で愛という欲を知った天使の末路だ。

この3年の間に歪んだ愛は逞しく育っているだろう。


「それで、アルドケイト様には何が必要なのでしょう」


ベラトリクスと話していると俺の心を見透かされているような、そんな気分になる。


「そうだな、転生陣が欲しい」

「あの小娘のためですか」

「小娘って……。仮にもレナはベラトリクスよりも上の階級じゃないか?」

「そんなことはどうでもよいのです。……それを言うのであれば貴方だって、嗚呼、あの小娘、あのレーナリーヴェンワースのことをレナと呼んでいるのですか」

「あー、うん、それは」

「よいのです。貴方は3年前もそうでした。無垢な初対面の私をそうやってベラとあだ名で呼んで……」

「だーっ!やめやめ!」


はやく本題に入りたい。


「はぁ。仕方がないでしょう。あんなのの為に力は使いたくはないのですが、他ならぬ貴方の頼みです。転生陣を作ってあげます」

「そうか……、助かる」

「上級天使の転生陣を作成するには時間がかかりますから、一週間後このビルの屋上でお渡し致しますね」

「そうだな。同じ時間に来るよ」

「私も貴方と一緒に居れればよいのですけど……」


そう言ってベラトリクスは悲しそうな表情をした。

ベラトリクスは、とあるペナルティを受けて人間界に追放されている。

手首に巻かれた銀の鎖がついた腕輪がその証拠だ。知らない人が見れば少し大きめのアクセサリーに見えるかもしれない。それにちなんでか、この拘束具は"ブレスレット"と呼称される。

そのブレスレットがあるかぎり、この町からは出ることができない。それが、ベラトリクスのペナルティだった。


「また一週間後、楽しみにしております」


俺はその言葉を背にして廃ビルを去った。





一週間が経った。


早朝、レナが起きないようアパートの鍵を閉めてトラックに乗り込み、廃ビルへ向かった。

涼しい風が心地いい。


まだレナにはベラトリクスの事を話していない。

レナとトラックで轢きまくるのも今日で終わり。長い付き合いになるわけでもないからな。

そう思うと、なんだか寂しいような、スッキリするような、何とも言えない感情が胸を駆けた。

よくよく考えてみれば転生陣に引きずり込んだ俺が全て悪いわけだが。


そんなことを考えながら、いくらか速足で階段を登った俺だったが、屋上に着くと想定していない事態が起きていた。


「転生陣を返しなさい、小僧ッ!」

「いいや、ボクはこれであの世界へ帰るんだ、邪魔しないでもらいたい」


いったい何が起きているんだ。

少年……いや、少年というより青年か。見た目で言うなら17~19歳あたりの青年が、ベラトリクスを相手に啖呵を切っている。

青年の左手には転生陣。恐らく、ベラトリクスがつくってくれた物だろう。

現状を把握していると、ベラトリクスと目が合い、こちらに駆け寄ってきた。

よくみると、服や羽がぼろぼろに傷ついている。俺は倒れ込んだベラトリクスを抱える。


「アルドケイト様!」

「これは、えーっと、どうなってるんだ?」

「あの男が突然現れて、私の手から転生陣を奪っていったのです。私の大事な、アルドケイト様への想いが詰まった転生陣を」

「お、おう。でも上級天使のベラトリクスを相手にできるとは相当強者じゃないか?」

「はい。正直に申しますと私、今にも倒れそうなのです……ですが」

「それほどなのか……」


青年は俺を警戒しているのか、じっと俺を見て動かない。

薄茶色をしたマントを羽織っているが、隙間に見えるのは明らかに鎧だ。

そして目を引くのが右手に持った長剣。装飾の絢爛さから言って伝説の剣、といった感じだ。


緊張感のある静寂を破ったのは、青年だった。


「ボクは放課後、幼馴染の女の子と一緒に下校していたんだ」


「え?」


一体なんのことだ?

困惑している俺を介せずに青年は話を進める。


「すると突然、後ろからトラックが走ってきた」


……ん?


「ボクは慌てて、彼女をかばって、そしてトラックに轢かれた」

「するとね……。気が付いたら異世界に転生していたんだ」


あ……。まさか、あの時の?


「彼女を庇って死ねたのならそれでいいとも思ったが、どうやら異世界に転生したからには世界を救わなければならないらしくてね、必死に生きたさ」

「起源渓谷での竜王リンドヴルムとの出会い……、サントムーン共和国に蔓延る悪・砂漠神ネメスとの心理戦……、どれも楽しく命がけだったよ」

「旅の途中でかけがえのない仲間も出来た。王国騎士団長ベルナデッドはいい相棒でライバルだった……。」

「そして様々な冒険を経て、魔王を倒したんだ。これでようやく、異世界で出来た妻とも平和に暮らすことができる……そう思っていたのに」


青年は泣きだした。

ここまでくれば流石の俺でもわかる。


「いきなり、天使が現れて、ボクをこの世界に戻したんだ!「実は間違えて転生させちゃったから戻してあげるね」って!」

「知らないよ!望んでないよ!ボクは新しい世界で生きようと決めたんだ!今さら戻されたってどうすればいいんだよ!!!」

「だからボクはこの転生陣で元の世界へ戻る。邪魔をするなら、ボクの半生で培った魔王をも御する力と技を使って、全力で君たちを倒すよ。愛しい妻の元へ帰るために」


そうか……。

すまない、それ俺のせいだ……。


「ベラトリクス」

「なんでしょう」

「譲ってやろうじゃないか。ま、戦っても勝ち目はなさそうだし」

「……貴方がそう言うのであれば」

「そういうわけだ、青年くん。その転生陣は譲ってやろう」

「本当か!?先程まで天使というのは悪だと思い込んでいたが、やはり話し合えば伝わるものだな!」


青年の顔がぱあっと明るくなる。


「ではボクは急いでいるので、これにて。転生陣を譲ってくれたこと、感謝する」


俺は清々しい気持ちで彼を見送った。



「転生できなかった」


あれから5分後、そんなことを言いながら青年は戻ってきた。


絶望しきった目でベラトリクスに尋ねる青年は憔悴し、今にも自殺しそうだ。


「なぜだかわかるか」

「なんでだベラトリクス」

「そうですね。考えられるのは転生陣へのエネルギーの注入不足でしょうか。私は上級天使までの転生陣なら作成できますが、それ以上の力を持つ勇者さんを送るには力不足だったのではないかと……」

「なるほどなあ」

「な、なら、一体誰に転生陣を作成してもらえればボクは帰れるんだ?」

「神様……オロロスリープ様でしょうか」

「して、神は何処に?」

「転生陣の先です」

「やっぱり駄目じゃないか!!……詰んだ、もうだめだ……。」


青年は膝から崩れ落ちた。


見てられない。

俺のせいでもあるし、しょうがないか。


「もしかしたら帰れるかもしれませんよ」


俺はまた、面倒を増やしてしまう。




そして現在。



「いやだからってウチに連れてくることないでしょ……」


レナは大きなため息をついた。


あの後、「俺の家にレナという上級天使がいる、何時になるかは解らないが、そいつが天国世界へ帰った際にオロロスリープに転生陣を作ってもらうよう頼めば帰れるかもしれない」というような話をした。神は時間軸を操れるので、異世界の奥さんを待たせることなく転生できるだろう、との旨の話もした。

長い話にはなるが、青年は了承してくれた。

住む場所がない勇者は可哀そうだとも思ったので、結局保護観察という名目でアパートに呼び込んだ。

その結果、アパートに二人も住人が増えた。


「ちょっとまって。なんでベラトリクスが居るの?知り合いだったの、アンタ達?」

「ああ、少しな」

「私はペナルティに加え、先ほどの戦闘で力を使い果たしました。回復するまで3年はかかりますので、不束者ですがよろしくお願いしますアルドケイト様」

「さ、様ぁ?ケイトに?階位第二位の智天使なのに?一体、どうなってるの……?とにかく、住むんなら家事くらいはしてもらうからね?」

「アルドケイト様のためであれば裸エプロンにだってなります」

「ならんでいい」

「レナ嬢、家に厄介になるのだからボクも何かお手伝いできることはないだろうか。力仕事なら任せてくれ、なんでもするぞ」

「じゃあアンタは犬よ。ケイトが拾ってきた犬だからペット兼雑用係にするわ」

「犬!?」


レナは話の流れで家事手伝い、ペットと雑用を手に入れた。

渋々といった雰囲気を出しながらも、レナの口角が上がっているのがわかる。なかなかの策士だ。こういった所はさすが人を足で捌く職に就いていただけはあると言えるだろう。


ふう。とりあえずは一件落着か。

レナを天国世界へ帰す野望は潰えたが、まあ、焦らなくてもいいだろう。

さてと、俺はそろそろトラックで転生者を量産するお仕事に戻らなければならない。


「まったく、賑やかになりそうだ」


そう呟いて、窓の外を見ると、入道雲の先に転移陣のマークが浮かんでいた。

誰かが転生したのか、されたのか。

どちらでもいいが、神様に言っておく。


もう俺のアパートは満室だ。

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