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旅人と動物たち

 柏と楓の生い茂る森を抜けるとなだらかな平地に出た。街道の脇に果てしなく麦畑が広がり、街が近いことを暗に示していた。しかし安心はできない。もうとっくの昔に日は地平線の向こうに姿を消し、空の支配者は無数の星に取って代わられている。

 この先にあるデニムラックはそこそこ大きな街らしいが、そういう街は日暮れ頃には厳重な門にかんぬきがかかるのが常だ。門が閉まってしまえば安全な部屋と暖かい寝床はお預けで、相変わらず危険な夜の草原で眠ることになる。目の前に街があるのに指をくわえて眺めているしかないというのは耐え難い。

「とにかく、街のそばまで行ってみましょう」

 エルフの少女レイファは、あきらめきれない声でルードを仰ぎ見た。何とか日没までに森を出ようとここまで必死に歩いてきたのだ、その気持ちは分かる。ルードは重い剣を抱え直したのを返答とした。お互い、いいかげん狼の遠吠えと夜盗の気配に警戒しながら寝る夜には辟易していた。一縷の望みをかけて歩を進める。幸い、デニムラックの街はもう目と鼻の先に迫ってきていた。

 ここの名物はなんといっても、30メートルもの高さを誇る巨大な塔だ。人々が「時計塔」と呼ぶ、街のシンボルである。厳つい石造りのシンプルな塔だが、毎日決まった時間に塔守衛が屋上にある真鍮の鐘が鳴らし、人々に時刻を報せるらしい。

 時計塔を中心に、役所、裁判所、教会、図書館など、ありとあらゆる文化的な建物が建ち並ぶ。それらの施設は街の周りに張り巡らされた高い塀に阻まれて見えないが、時計塔だけはいつまでも、その存在感を誇示するかのようにレイファたちの目に入ってきていた。

 やがて立派な飾りを施した門柱が見えてきた。だが喜ぶより先に、レイファはふと眉をひそめた。

 街の門は、開いていた。

 その口をぽっかりと開き、永遠に続くかと思われる虚空がずっと先まで続いている。そう、街には灯の光も見えないのだ。

「……どういうこと……?」

 いぶかしげにつぶやき、ゆだんなく腰のレイピアに手をかける。これだけ大きな街が、いくら夜半とはいえ全くの暗闇というのは考えがたい。

 警戒しつつ門に近づくが、まず人の気配がしない。門番さえ見あたらないのだ。レイファとルードは街に入ることをためらわれた。

「昔、聞いたおとぎ話では……」ルードが口を開く。

「とある村にたどり着いた旅人が、村人の歓迎を受けて喜んで一晩の宿を借りたが、実は村人は全員殺されていて、そこにいたのは村人に化けた盗賊の一団だった……とかな」

「今言う冗談!? それ」

 余裕を奪われ声を荒げたレイファは、同時に鋭く声を上げたフクロウの鳴き声に飛び上がった。

 フクロウは、門柱の上に旅人たちを見下ろすようにたたずんでいた。2、3羽ばたきをして、再び甲高い声を上げる。

 レイファはホッとして、自分のおびえを取り繕うようにおどけてみせた。

「こんばんは、フクロウの門番さん。哀れな旅人は街の中に入ってもよろしいかしら?」

 フクロウはくるっくるっと顔を回転させ、ホウ、と一声鳴き、街の中へ飛び立っていった。

 とにかくこうしていても仕方がない。レイファは剣を構えたまま、意を決して街の中へ侵入することにした。

 街は、静かだった。時折遠くから某かの鳴き声が聞こえる。それは馬であったり、狼であったりした。しかしそれ以外はいたって静かで、街は、夜のしじまに抱かれるように静寂を保っていた。

 街に入ってすぐのところに、『INN』の文字を刻んだ看板が掛かった建物があった。そこだけはかろうじて、ランプの明かりが灯っている。

 相変わらず入り口は開け通しである。

「すいません……誰かいませんか?」

 レイファは中をうかがい、おそるおそる声をかけてみた。

「オヘヤ、オヘヤ! ゴヨウイ、ゴヨウイ!」

 脳天を貫くようなキンキン声が降ってきた。カウンターに、見目も鮮やかな大型のオウムがせわしげに羽を広げたり閉じたりしている。

 何だろう、入り口のフクロウといい、ここは鳥の王国なんだろうか? 聞いた話と地図の情報では、ここはれっきとした人間の住む街で、しかもかなり文化的だと聞いたのだが。

「えっと……ここのお宿は、泊まれるのかしら?」

 おそるおそる聞いてみると、オウムは顔をカクカクと頷くように高速移動させる。

「オヘヤ、アイテル! ニメイサマ、カンゲイ!」

 そう言うと、壁に掛かっている鍵を二つ、器用にくちばしで外すと、カウンターに置いた。

「あ、ありがとう……じゃ、遠慮なく」

 レイファが鍵に手を伸ばすと、オウムが再びバタバタと暴れ出した。

「マエバライ、マエバライ!」

 商魂たくましいオウムだ。

 部屋は幸いなことに、人間仕様だった。綺麗に掃き清められた部屋に、丁寧に天日干しされたシーツ。さすがに風呂も夕飯もないが、プライベートな寝床が確保できただけで満足だった。鞄の底に残っていたパンとチーズの残骸だけ口に放り込み、レイファはベッドに体を預けた。おなかいっぱい食べるのは明日にしよう。明日のことは明日考えよう……

 部屋の外から、ゴーンゴーンという重厚な鐘の音が聞こえてきた気がしたが、レイファの意識は深海に飛び込むように急激に落ちていった。

 夢も見ずに目が覚めた。朝露に濡れない乾いた寝台。気ままな風に翻弄されない四方を囲まれた壁。そして、まがまがしい鉤爪をたたえた、黒光りする両手。

 レイファは目覚めると自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変わってしまっているのに気づいた。

 ぎゃあああああああああああ!

 と、言う自身の大音響で目が覚めた。

 と思った。

 実際は、部屋の外から響く鐘の音だった。ゴーンゴーンという重厚な鐘の音が響いている。余韻はかっきり5回繰り返したきり、街に静寂が戻った。

 そうだ、ここは時計塔が有名な大きな街で、自分は夜遅くにも関わらず幸運にも宿で眠れ、一晩を過ごしたのだった。

 外はもうすっかり明るかった。ずいぶんゆっくり寝たようだ。

 レイファは深呼吸をし、それから慌てて自分の顔や体をまさぐった。さっきのは夢? 幻?

 夢と切り捨てるにはやけにリアルだった。自分が、自分が、まさか、よりによって虫に変身してるなんて!?

 が、幸いなことに自分の体は柔らかく、長い髪をたたえた普通の人間だった。ほっとして改めて自分の手を眺める。この手が無数の鉤爪をたたえた虫になっていただなんて! 思い出しただけで虫唾が走る。なんてイヤな夢だろう。いつもよりちょっと小さくなっているが、みずみずしく若々しい正真正銘5本指をたたえたかわいらしい指だった。

 レイファは安堵に肩を落とし、そして再び、手のひらを見た。

 ……かわいらしい指……だ?

 寝台から飛び降り、姿見を探す。それは枕側の壁に立てかけられ、埃避けのために美しい織物がかかっていた。レイファははぎ取るように織物をはずし、そこに映っている自分の姿をつぶさに眺めた。

 そこにいるのは、紛れもなく自分だった。しかし、全くもって自分自身ではなかった。ちょうど夢の中で自分以外の誰かになっているように、自分の目に映る鏡の中の少女は見覚えのない自分だった。

 まず、エルフの特徴である、長い耳がない。

 年齢も、自分の認識している半分くらいにしか見えない。

 服装も、自分が昨日まで着ていた、ドラゴンの鱗で作った軽いながらも丈夫な鎧ではなくなっている。フリルの付いたワンピースにエプロン。チェックと花柄を組み合わせた絵柄はなかなかにセンスがいい。ちょっといいところのお嬢さんといったところだ。そう、間違っても埃まみれで路地を抜け、汗まみれで森を歩き、レイピアでもって魔物を駆逐するような野蛮なことは似合わない、可憐な人間の子供がいた。

 腕を振ったり、顔を振ったりしてみる。鏡の中の少女は、寸分違わぬポーズを取っている。間違いない。

 一体何がどうしてこうなったのか定かではないが、自分は、どうやら、人間の子供になってしまったらしい!

 めまいに似た絶望感をどうにか振り払い、レイファは部屋を飛び出した。目指すはすぐ隣にあるルードが泊まっている部屋だ。

 場合のよってはノックも必要なしと思っていたレイファだが、その扉が開いていることを目の当たりにして一瞬思考が止まってしまった。部屋をのぞき込むと、案の定ルードはいなかった。

「一体……これは一体……」

 聞き覚えのない、舌足らずな声が自分の口から発せられる。レイファは恐慌に陥りそうになるのをぐっとこらえ、部屋を見回す。ベッドを使用した形跡はあったが、特徴的な大剣も、肌身離さず持っていた短剣も、ルードの持ち物はすべて見あたらない。

 自分に黙ってどこかに行ったとは考えられない。彼もまた、この不可解な現象に巻き込まれたと考えた方が自然だろう。

 レイファはルードの名を呼ばわりながら1階のロビーに駆け下りた。

 そこには、誰もいなかった。昨晩のさわがしいオウムさえ姿を現さない。代わりに、せわしなく洗濯をしているアライグマと、くたびれた黒い犬がいた。

 犬はやたら人なつこく、レイファの姿を認めると一声吠え、ぐるぐるとまとわりついてきた。獣に好かれることをした覚えはない。とにかく犬をなだめ、この街で何が起こっているのか見極めるため、外へ出た。

 昨夜と同じく、通りには人っ子一人いなかった。宿のはす向かいに、果物屋とおぼしき店が開いている。試しに顔を覗かせてみると、そこには一匹の大蛇がとぐろを巻いていた。見たところ毒蛇の類ではなさそうだが、レイファの姿を認めるとずるりと体を移動させ、向かってきた。

 普段のレイファなら大蛇の一匹や二匹ものの数ではないが、人間の、しかも子供の姿では太刀打ちできないのは明らかだ。なにより、その蛇の挙動に言いしれぬ嫌悪感が沸き起こったレイファは短い悲鳴を上げて店の外に飛び出した。

 街道をあてどもなく逃げまどっていると、ふいににぎやかな喧噪が耳に入ってきた。人? 人がいるの?

 レイファはとにかくその声の方に走った。声の方に走るにつれ、道が広くなっていく。おそらく、この先にそこそこ大きな広場があるのだろう。

 赤や黄色の鮮やかな色を抱えた花屋の角を曲がり、レイファは人の姿を求め、広場に飛び込んだ。

 だがそこにはやはり、人は一人もいなかった。

 その代わり、人以外のあらゆる生き物がそこにいた。やたら鼻の長い巨大な獣、やたら首の長い巨大な獣、のんびり草をはむ馬に似た馬ではない獣、手のひらサイズのイタチに似た生き物、鮮やかな夕焼けを思い出す色をした鳥は一本足でたたずんでいる。足下をのそのそと亀が徘徊する。その他、あらゆる生き物が広場中を我が物顔で闊歩していた。

 レイファはどういう反応をしていいか分からず、ぽかんと口を開けたまま動物園と化した空間を眺めていた。

 やがて彼女の姿に気づいたらしい一匹の獣と目があった。鋭い瞳がくわっと見開かれ、何を興奮したのかレイファめがけて一直線に走ってきた。

 犬や猫なら大歓迎のシチュエーションだが、あれは、あの大きさは、あの爪の獰猛さは、威厳のあるあのたてがみは、絶対ただじゃ済まない。

 とっさのところで我に返り、細い路地に駆け込んだ。ライオンはなおもあきらめず何度も先回りするように巨体を翻したが、レイファは体の小ささを生かして建物の影から影へ、塀の隙間から隙間へ移動して、なんとか猛獣を引き離した。やがてレイファの遙か後方から名残惜しそうなホウコウが聞こえた。

 いくつの路地を右に曲がり、いくつの角を左に曲がっただろう。いつしか街を流れる川にかかる橋のたもとに逃げ込んでいた。

 水量の少ない川は街の騒動などどこ吹く風で清らかな音色を奏で続けている。

 その音に危機を乗り越えた安堵感を感じるのと同時に、涙がこみ上げてくる。何故こんなに感情が高ぶるのか、涙は自分の意志と関係なく次から次へと流れ出してきた。涙はいつしか嗚咽に変わり、気がつくと大声で泣いていた。

 泣き声が辺り一面に反響している。このままでは、またなにかしらのやっかいな生き物を呼び寄せかねない。レイファは両手で口を押さえ、なんとか声を抑えようとしたが、遅かった。

 爪が石を噛む音が聞こえ、レイファめがけて駆け寄る黒い影。それが視界に入ったときには、すでに避けることもままならなかった。レイファは思わず身を堅くし、その得体の知れないものからの襲撃に備える。

 影はレイファに飛びつき、彼女の涙を舐めとるとうれしそうに一声鳴いた。ちぎれそうなくらいしっぽを振るその姿は、まぎれもなく宿屋の1階にいた黒い犬だった。

「あんただったの……」

 こんな時でも、いやだからこそ、少しでも見知った顔にであうと安堵する。レイファは思わずその首にかじりついた。

 そしてーー一つの予感が頭をよぎる。

「あなた……もしかして、ルード?」

 おそるおそる聞くレイファに、黒い犬は元気よく一つ鳴いた。

 レイファは首に回した腕を翻し、黒い犬をぺいっと放り投げた。

 かろうじて無事に着地したルードは連れのあんまりな仕打ちに抗議の鳴き声をあげる。

「ご、ごめん、つい……」

 ともあれ、この異常な街で一人きりでないというのは心強い。レイファはルードを従え、おそるおそる地上へ出た。いつまでも川の袂で震えていても何にもならない。ルードは不思議そうにレイファを見上げ、か細く鳴いた。

「当てがあるのかって言いたそうね? 当てはないけど……とにかく情報を集めなきゃ」

 とは言ったものの、この街には話が聞けそうな人間が一人もいない。

 いつもなら、こんなとき精霊に話しかけ、変わったことや怪しい場所はないか聞くところだ。しかし、人間の身である現状では魔法どころか精霊のささやき一つ聞こえない。エルフであれば当然できることが、人間ではままならないのだ。

「魔法が使えないなんて……人間て不便なものね」

 精霊の声に耳を傾け、精霊の言葉でもって超自然的な力を行使してもらうよう“お願い”するのが精霊魔法だ。そのため、精霊の言葉を理解しない人間には使うことができない。

 人間が使う魔法はそれとは大きく異なっていて、呪文と触媒を使い、地脈や霊脈といった回路を構築させることによって魔法を発動させる。レイファにはその理屈は理解できないが、そもそも人間のーー魔法使いの中でも、理屈そのものを理解している者は少ないだろう。

 魔法は、あまたの魔法使いを総括する魔法協会により束ねられている。魔法を独学で学ぶことは基本的に不可能だ。複雑な回路、特殊な触媒を把握し、整理し、理解するには一生を費やしてもなお難しい。そこで、魔法を使う者が協会に知識や経験をすべて提供し、研究や伝授を行い、新たな魔法を生み出したり、各地の魔法使いに知識を分け与えるのである。

 人間の魔法にふれたことがないレイファには、当然その知識も道具もない。魔法が使えない今のレイファは、手足をもがれたも同義だった。

 そうして悩んでいると、ルードが一声吠えて走り出した。複雑な路地を見知った土地のように駆け回る犬を慌てて追う。子供の姿だと何でもない道も果てしなく遠く感じた。

 ただただ見失わないようにと必死で走っていると、ルードはとある店の前で立ち止まり、「ここだ」とでも言うようにレイファを見た。

 看板には古めかしい文字で『呪文・巻物』と書かれている。店に入ると薬草を煮たような独特の匂いが鼻についた。店の中は壁という壁すべてに棚が備え付けられ、隙間なく巻物が収められていた。内容がわかりやすいようにだろう、棚の上部にそれぞれ『移動魔法』『治癒魔法』といったプレートが張り付けられていた。さらに細分類のために『石を切り出すとき』『催眠術』『腹痛時』など書かれた木や布が挟み込まれている。

 レイファにも合点がいった。ここは魔法の巻物を取り扱った店なのだ。

 人間が魔法をかける場合、呪文や触媒が必要だが、逆にいえばそれらがそろえば誰でも魔法を使うことができる。もちろん正しい呪文の唱え方などのコツはあるが、これらの巻物があれば膨大な魔法を覚える必要がなく、必要なものだけ購入すればことは足りる。たとえば船乗りは風を吹かせる魔法をもっていれば、凪の時に安全に運行することができるし、旅人が道しるべの魔法を持っていれば、迷ったときも正しい道を知ることができる。

 店に足を踏み入れると、カウンターにちょこんと座ったアオガエルが挨拶するようにゲコッと鳴いた。

「こんにちは。ちょっと見せてもらっていいですか?」

 家主に向かって丁寧に挨拶し、巻物の棚に目を凝らす。

 動物と意志の疎通ができるような魔法はないだろうか。それともーー

「あっ」

 レイファは一つの巻物を引っ張り出した。『魔法解除』と書かれている。この騒動が何らかの魔法によって生み出されたのは間違いない。いつどこ出かけられたかは分からないが、魔法そのものを解除してしまえば元に戻る可能性はある。

 巻物を広げ、書かれている呪文と魔法陣に目を落とす。巻物の魔法には媒体は必要ない。これ自体が媒体となるからだ。その代わり、1回限りしか使えない。レイファは恭しく口を開き、呪文を唱え……ようとして固まった。

 文字が読めない。

 ただでさえ魔法に使われる文字は専用のものであることが多い。レイファは本棚を探し回り、辞書を見つけて首っ丈で文字を解読した。

 ルードが不安げにのぞき込む。

「だ、大丈夫、大丈夫だから」

 冷や汗をかきかき、改めて巻物と向き合う。咳払いをひとつし、魔法陣に手を置いて深呼吸をした後、解読した呪文を一息で唱えた。

「エアマティコ ウォハマテラ レカキネラゥ……」

 唱える先から、巻物に書かれた文字が緑の炎を発しながら燃え尽きていく。

「エアマテアンカ……魔法破り(ディスペル)!」

 巻物から強烈な光が発し、レイファを、ルードを、ついでにアオガエルを包み込んだ。

 まぶしさに閉じた目をおそるおそる開けると、そこには……

 アオガエルと犬がいた。

 もちろん自分の手も、先ほどと寸分違わぬ小さな手だ。チェックと花柄の衣装も、少し煤けているが、これはまぁ広場を逃げまどった時の汚れだろう。先ほどのまま、変わることなく可愛らしいフリルがはためいている。

 率直に言うと失敗だった。ルードが慰めるように手を据える。

「うう……やっぱり付け焼き刃じゃ限界があるか……」

 これではほかの魔法を使ったところでたかがしれている。再び暗礁に乗り上げてしまった。

「ちょっとぉ、今の光はなぁに? ここから見えた気がしたけど……」

 肩を落とすレイファの上に、妙に艶っぽい女性の声が降り注いだ。女性。人? 人の声!?

 レイファは慌てて声の主を捜す。その人は入り口から不安げな顔を覗かせていた。絹のドレスをまとい、カールされた栗色の髪は美しいが、真っ赤に塗りたくった唇は昼の街より夜の酒場の方が似合いそうだ。香水はバラの香りのようだが明らかにかけすぎで、女性が動くたびに鼻を刺激した。

 女性はきょろきょろと店内を眺め、レイファの姿を見つけると破顔して手をたたいた。

「あらぁ! かわいいお嬢ちゃん! どこの子かしらぁ?」

 つかつかとこちらに歩いてくる。

 ーーお願い、寄らないで。

 などと言えるわけもなく、レイファは悪臭に近い香りに顔をしかめないようにつとめ、顔いっぱいに愛想笑いを張り付けた。

「ご、ごきげんようマダム…… 私は旅の者で、名をレイファ・ロヴァンヌと申します。こっちはルード。昨日この街につきました」

「あらそうなの? ようこそ、デニムラックへ。道理で見かけない子だと思ったわ。と言っても……」

 女性は思いだしたようにさめざめと泣き崩れてしまった。

「この街にはもう……見知った顔なんていないけど……」

 レイファは慌ててポケットをまさぐり、ハンカチを取り出して女性に渡した。女性は礼を言ってハンカチを受け取り、涙と顔を拭いた。ベットリと化粧が付いたハンカチで鼻をかみ、返してくれたがレイファは丁重に押し返した。それはもういらない。

 女性は改めて礼を言うと、自分はロードレックだと名乗った。

「ロードレックさんはこの街の人なんですよね? この街がこんなことになってしまったのは、いったいいつからなんですか?」

「いつからも何も、昨日まではごくごく普通の街だったのよ。人々は街の有史以来建っているあの由緒正しい時計塔の時刻に従い、秩序ある生活を営んでいたわ」

 そういうとロードレックは昨日までの平和な町並みを思い描いてか、うっとりと虚空を眺めた。彼女の目には、出店でにぎわう広場、親子連れが仲良く手をつなぎ笑いさざめく街角、時計塔の鐘の音に従って始まる裁判、農場に出かける農夫の姿……が浮かんでは消えた。

「おかしなことが起こったのは……昨日の昼頃よ」

 顔の前で指を組み、夢の内容を思い出すように眉間にしわを寄せつつ語り始めた。

 ロードレックが食堂のテーブルにつき、給仕が食事をもってくるのを待っているときだった。

 いつものごと表通りの鐘が鳴り、腹時計さながらに昼食の時間を知らせた。料理長は今朝いいスパイスが手に入ったと言っていたから、今日は蒸し鶏の香草焼きか。目をつぶり運ばれてくる料理の香りに胸を高鳴らせる。

 しかし、いつまで待っても蒸し鶏の香ばしい匂いは漂ってこなかった。いぶかしんで目を開けると、風景が一変していた。

 目の前には果てしなく続く赤い草原。

 いや、草ではない。もっと人工的なーー少しごわごわしているが、それはまるでビロードの絨毯だった。周りの景色はもやができているようでよく見えない。

「あたし、もうびっくりしちゃって、とにかくここがどこだか知りたくて駆け出しちゃったの」

 ロードレックはそうレイファに言い聞かせ、大げさに両手を広げた。

 永遠に続くかと思われた果ては、あっけなくすぐ手前にあった。絨毯の端は無数の直垂に囲まれ、その先は断崖絶壁になっている。その向こうは相変わらずよく見えない。

 端に沿って移動してみると、ちょうど正方形の絨毯が広がっているようだった。一片には木と、同じような素材の絨毯で作られた壁が立ちはだかっていた。ここから上に上がることは不可能なようだ。

「そこであたし、下に降りようと思ったの。今から考えると不思議だわ。果てがみえないのに降りようとしただなんて! でも不思議とその時は、怖いとか無理だなんて思わなかったの」

 思惑通り、ロードレックは無事に着地した。

 周囲を見渡すと、巨大な木の柱がすぐ傍にあった。目を凝らすと、同じような木が他に3本立っている。ようやく合点がいった。これは、今まで自分が座っていたイスなのだ。自分は夢を見ているのか、幻覚なのか、とにかく突然、世界が巨大化してしまったのだ。

「もし今ここで給仕がきたら、あたし踏みつぶされてしまうわ! と思って、慌てて駆けだしたの」

 体は妙に軽く、自分でも驚くほどのスピードで扉があったと思われる方に駆けだした。そしてその途中で、姿見があるのを思い出した。それは扉の傍にあり、部屋から出る際に口元や胸元に汚れがないか確かめるための、ロードレックには欠かせないものだった。

「人に会うのも私の大事な仕事の一つだったからね。身だしなみは欠かせないの。そう、それで、そこであたし……」

 ロードレックは悪夢を思い出したかのように青ざめた。

 今思い出してもおぞましい。自分は、自分は……

「……ネズミよ! ネズミになっていたの! おお、なんて恐ろしい!」

 世界が大きくなったのではなく、自分が小さくなっていたのだ。鏡に映ったネズミが自分だと認識するのにはそれなりに時間がかかったが、認めてしまうしかない。

 このたちの悪い冗談を振り払うように、ロードレックは誰かに助けを求めながら駆けた。駆けて駆けて駆け抜けて、気がつくと見知らぬ場所に出ていた。勝手知ったる屋敷のはずが、こんな場所に来たのは初めてだ。そこは薄暗く、狭く、不思議と心が落ち着いた。壁が体に密着していると、母親の懐に抱かれているように安らぎ、いつしか眠くなってきた。

 ロードレックは走り疲れたこともあり、そこですやすや寝息を立て始めた。

 どれくらい時間が経ったことだろう。不意に大きな音で目が覚めた。次に、自分の体何者かに押しつぶされるような不快感を感じた。その力は万力のようにだんだん強くなってくる。慌てて目を覚まし、必死に身体をひねってなんとかその重圧から抜け出し、ぜえぜえと息を吐いた。

 不思議な力からは抜け出したが、先ほどのような身軽さはなく、やけに重苦しく感じる。視点も、先ほどより高くなっていた。

 目の前に扉と取っ手がある。よく見ると、それはクローゼットだった。どうやら自分はクローゼットと壁の間で寝ていたらしい。

 ーー体が大きくなったということは、元に戻ったということなのだろうか?

 首を巡らしたり手をのぞき込もうとしたが、うまくいかない。

 ーーもう一度食堂に行けば、姿見がある。

 衣装室の扉を体当たりで開けると、廊下を進んだ。自分の足音が野太い杖を力任せに叩いたときのように力強く響く。ネズミの姿の時ずいぶん走った気がしたが、食堂は目と鼻の先だった。開け放しになった食堂に入り首を巡らす。

 のぞき込んだ姿見の中には食堂にふさわしい食材がいた。

 おいしそうな豚だった。

 ーーここにいては食われる。

 ロードレックは一目散にその場から逃げ出した。途中馬の傍をすり抜け、サソリをまたぎ、ハチに襲われながらも、なんとか懐かしい自分の部屋に舞い戻ることができた。

 窓の外から夕日が見える。美しい夕焼けだったが、今のロードレックには何の慰めにもならなかった。ただただ腹が減った。しかし食堂には行けない。食事にありつくどころか、自分がおいしく食べられてしまう。第一、豚は何を食べるのだろう? 残飯? 冗談じゃない!

 豪華な寝台にあがり、空腹に嘆きながら祈りを捧げる。ああ神様、今度からネズミが出ても追い回しません、豚も一生食べません、どうかこの身体を元に戻してください……ブツブツフゴフゴと鼻を鳴らし、泣きながらロードレックは眠りについた。朝になったら、きっと元に戻っていると信じて……

 鐘が鳴った。深夜を告げる鐘だ。役人の中には、この時間まで働いている人もいる。その人たちのために告げる鐘だった。街の門も、この鐘を合図に閉じることになっていた。

 再び身体に異変が起こっているのを感じたロードレックは、鎌首をもたげて寝台から降りた。机の上に小さな手鏡が立てかけてある。何が出ても今よりひどいことにはなるまい。

 意を決してのぞき込んだ鏡の向こうからは、一匹のコブラがこちらをにらみつけていた。

 ロードレックは気絶した。

 朝の鐘で目がさまし、慌てて飛び起きようとしたが、身体中が痛くてしばらく動けなかった。板張りの床の上で寝ていたのが原因だ。身体をボキボキと鳴らし、なんとか起きあがる。そしてその時、“手を使って”体を起こしたのに気づいた。

 慌てて手を、足をみる。そこには蹄も爪もなく、むしろ美しいすらりとした5本の指が備わっていた。

 ロードレックは驚喜した。

「神様、神様、ありがとうございます!」

 再びぼろぼろ泣き始めたロードレックをなだめすかしながら、長い話を聞き終わったレイファはとりあえず胸をなで下ろした。

「と、いうことは……時間が経てば元に戻るんですね?」

 ロードレックは祈りのポーズのまま、ぽかんとレイファを見る。

「え、なんで?」

「だって、元に戻ったんでしょう? 朝になったら」

「いいえ」きっぱりと言い切り、

「だってこの姿、あたしの本当の姿ではないもの」

 今度はレイファが泣き出しそうな番だった。

 ネズミになって、豚になって、コブラになって、ようやく人間になったが、それはまた変身しただけの話であって元に戻ったわけではないとは。いったいいくつ変身すれば元に戻るのか、いやそれより、自分たちもまた別の生き物に変身する可能性があるのか?

 レイファはぞっとした。今は幸い人の姿でいられるが、次もそうとは限らない。精霊の声が聞こえないくらいマシな方だったのだ。ネズミや豚やコブラになってしまったら、もし一生変身したままだったら……

「それで、あたしようやく思いついたの。これはきっとたちの悪い魔法の仕業だって。そこで、コーザ老師の所にいこうと思っていたの」

「コーザ老師?」

「ここの、ほら、巻物を書いてる魔法使いよ」

 魔法使いは便利な術を使うので、街に請われてお抱えの魔導師として滞在することがままある。そこで天候をみたり、街や人の行く末を占ったり、運送を手伝ったりと、街の運営に手を貸すのだ。コーザ老師もそうした仕事を担っていたが、年をとって引退した後、魔法の巻物を書いて街の人たちに貢献していた。

 老いたりとはいえ、魔法に関してはピカイチの知識を有するコーザ老師に聞けば、この街で起こっていることとが何かわかるかもしれないと思ったロードレックだったが、

「老師の家にたどり着くまでに、狼は出るわワニは出るわ……生きた心地がしなかったわ」

「ああ……わかります」

 様々な猛獣に阻まれ、まっすぐ家にたどり着くことができなかったらしい。

「それで、その老師の家はどこに?」

「もう、すぐそこよ。このお店の裏で住んでいるから」

 じゃあ、自分たちも一緒にいきます。と言おうとしたとき、ルードが短く吠えた。しきりに窓の外を気にしている。

「どうしたの? まさかまた狼? それとも豹?」ロードレックがおろおろと怯える。

 しかし外に生き物の気配はない。ルードも警戒しているというより、落ち着きなくぐるぐると回っているだけだ。

 レイファは窓の外を眺めた。街のシンボルである時計塔見えるだけだ。

 そうだ、時計塔!

 ロードレックは鐘の音を聞くたびに変身していた。ということは……

「あの、その鐘の音が、魔法の引き金になっているとは考えられませんか?」

「鐘の音? そうね、そういえば……」

 昼の鐘、夕方の鐘、深夜の鐘、そして朝の鐘。鐘は一日4回鳴る。では、次の鐘は?

 レイファは窓に駆け寄った。屋上に設置された旗ざおにするすると数字の書かれた旗が揚がっていくのが見える。“12”と書かれた旗を取り付けた屋上の人影は、ゆっくり真鍮の鐘の方に移動する。その人物は手を振りかざし、鐘に向かって……

「いやーーーっ! その鐘待ってーーーー!!!」

 レイファは窓を開け、力の限りに叫んだ。

 だがその声は無情にも鐘の音にかき消されてしまった。

 いくつかの音が駆け抜け、街の隅まで響きわたる。鐘の音は家々に反響し、しばらく余韻が鳴り続けた。

 やがて静寂が戻り、レイファはおそるおそる目を開けた。今度はなになっているんだろう。願わくばロードレックよりひどい物にならないでほしい。

 だが、目に飛び込んできたのは相変わらず小さな女の子の手だった。周りを見渡すと、黒い犬とアオガエルがいる。ただ、ロードレックはいなくなっていた。

「ロードレックさん?」

 きょろきょろと辺りを見回すと、巨大な黒い顔が目に飛び込んできた。耳まで裂けた口、爛々とこちらを凝視する目。そしてそれは奇妙なことに天地がひっくり返った形で付いていた。

 レイファが思わず発した金切り声に驚いたように、そのコウモリは先ほど開かれた窓から外に飛び出していってしまった。

 ーーしまった、さっきのはもしかして……

 のどの痛みにむせかえりつつ、冷静な判断力が戻ってきたレイファは、コウモリーーロードレックを追うべく店を飛び出した。すぐ後にルードが続く。

 走りながらルードが吠えている。

「なんで自分たちは変身しなかったのかって? たぶんだけど、さっきの魔法が中途半端にでも効いたのかも。ロードレックさんはコウモリに変わったけど、私とルード、あと多分あの店の店長だと思うけど、あのアオガエルもそのままだったでしょう?」

 とにかくこれ以上状況が悪くならなかったのは幸いだった。しかしそれもいつまで続くかわからない。早いところこの諸悪の根元を突き止める必要があった。

 ロードレックとおぼしきコウモリは、建物をぐるりと周り、一件のみすぼらしい家の屋根裏にある窓へするりと入っていった。

 おそらくはここが先ほど話していた老師の家なのだろう。レイファは入口を探し、ドアを開けようとするが当然閉まっている。呼び鈴を鳴らしても、中から人が出てくる様子はなかった。

 庭先に回ったルードが吠えている。行ってみると、大人の肩辺りの高さに小さな窓が少しだけ開いていた。レイファは庭に積まれている石や箱を移動させ、その窓に潜り込んだ。こればかりは小さな身体で助かった。ルードも危なげなく進入してくる。

 そこは階段の明かり取りのようだった。1階には誰もおらず、書物や巻物や、杖やみょうちくりんな仮面などが錯乱していた。2階にあがると、廊下には3つの扉があり、そのうちの一番向こう側の扉が開いていた。

 顔をのぞき込むと、1階とそう変わらない乱雑な部屋が広がっていた。家具は机とイスと無数の棚。それ以外は魔法に使うあらゆる道具が飾られたり、放置されたり、天井からつり下げられたりしていた。

 片方の糸が切れているらしいランタンがゆらゆらと揺れている。よく見ると、その端にコウモリがぶら下がっていた。イスの上には一匹の猫がすやすやと気持ちよさそうに寝ている。

 机に移動すると、魔法の巻物に混じっていくつかのメモが見つかった。それは、昨日のうちにコーザ老師が書き残したらしい、この街に起こっている異常現象に関する論文だった。

「ええと……ヨガヒルノダミンカラメヲサマスト……ジシンノシンタイニイジョウナル……んんん?」

 なじみのない文体に加えて、妙に角張った文字で書かれているので大層読みにくい。いろんな所をすっ飛ばしてなんとか解読したところによると、どうやら老師は最初の変身の際ドワーフに変わってしまったそうだ。ドワーフは手先が器用だと聞くが、文字を書くのは苦手なようだ。

 老師は、今回の事件について「単純に体が変化した」だけではなく、突然「ドワーフが聞き取れるという土や火の精霊の声を聞くことができた」ことから、「事実そのもの」が変わったのではないかと分析していた。

 つまり、老師が人間ではなくドワーフとして生を受けていたらこんな姿形をしていただろうという、もう一つの人生、もう一つの姿。

 なるほど、服装がいつもと全然違うのも、そのためだったのかと、フリルのついたスカートをたくしあげた。村長の家で育ったレイファには、それなりに優雅な生活が約束されていたということかもしれない。

 その他、様々な事例を持ち出してこの不可解な現象を検証していたが、特に参考になりそうな文章はなかった。

 メモを2枚、3枚と読み進めて、ようやく最後の一枚にさしかかったとき、「……コノヨウナ フカシギカツコウドナマホウヲ ツカウヤカラニハ ヒトリココロアタリガアル」という文章が出てきた。

「やった!」レイファは解読を続ける。

「ソノジンブツハセイイヤシク ジシンカジョウデタニンヲシトスルヲヨシトセズ ヒタスラオノレノヨクニシタガイ ワガデシスラタブラカシタ ショアクノコンゲン……」

 一通り悪口が続いたかと思うと、

「ソノモノノナハ」

 というところで線が乱れ、メモはそこで終わっていた。おそらく二度目の変身をしてしまったのだろう。

「ああもう、この役立たず!」

 思わず声をあらげたが、気持ちよさそうに眠る猫を見ると怒るに怒れなかった。ずるい。

 腹いせにメモを破り捨てようとして、ふと気がついて手を止めた。

 老師はなぜこのメモを残したのだろう。メモ書きというにはまとまった文章だし、論文というには不要な箇所が多すぎた。

 ーー誰かに、何かを伝えたかったのかもしれない。

 レイファはメモを何度も読み返し、ひっくり返したり透かしてみたり、あるいは逆から読み返してみたりした。

 やがて一つの別の文字が浮かび上がってきた。「マホガニートカシノキデアマレ アヒルノアタマヲイダイタツエ」

 二人はその辺の布を引っ剥がし、棚に潜り込み、壷をひっくり返して杖を探した。イスの上の猫は自分の部屋が荒らされてるにも関わらずのんきに寝息をたてている。

 やがてルードが机の向こう側から一本の杖をくわえてもってきた。それは確かにマホガニーと樫の木が交互に絡み合い、頂にアヒルの頭が乗っていた。

 樫の部分に文字が彫られている。おそらくこれはコーザ氏の残した対魔法使い用の道具なのだろう。

 ドワーフの身では人間の魔法は使えない。さりとていつ人間に戻れるかわからない。これを解読する人間が現れるのに賭けたのだ。メモの一文に「ワガデシヲタブラカシ」とあったから、この杖の存在が相手に知れてしまうのを警戒して暗号にしていたのかもしれない。

 残念ながら相手の所在は不明なままだが、この杖は大事な切り札になる気がする。レイファは物言わぬ猫に礼を言って、屋敷を後にした。

 目指すは時計塔だ。

「まさかそこに魔法をかけた張本人がいるとも思えないけど、魔法の元凶であることは確かだしね」

 レイファは独り言のようにルードに言い聞かせる。

 それに、あそこにはまぎれもなく人がいる。鐘は手動でしか鳴らせないし、それに、鐘を鳴らしたあのとき、明らかに人影を見たのだ。

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