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堕ちた天才商人リューベックとその息子ハンネ

アムール王国の王都を拠点にしていた天才商人がいた。

その男の名はリューベック。


経営者として冷断ができず、情にほだされるという致命的な欠点はあったものの芯のある真っ直ぐな心と流行を読み取る手腕がきっかけとなり王都で最大の商会を持つようになった。


顔自体は驚くほど美人ではないが何よりも優しい心を持つママネという妻、利発そうな息子ハンネに囲まれてリューベックの生活は順風満帆であった。


だがそんな幸せな生活は長くは続かなかった。


リューベックは商人として余りにも優しすぎ、他人を信じ過ぎていたのだ。

気付けばリューベックは妻と子以外何もかもを失っていた。

自らの商会で雇っていた者の裏切りによってだった。


だがリューベックは笑っていた。騙されてしまったと、また一からやり直そうと。

妻のママネも笑っていた。家族三人でいるだけで幸せだと。

ハンネは7歳ながらに不安だった。今までのような暮らしが出来ないと聞いたからだ。





7年が経った。

ハルバー公爵領のブルフェンダーという街でリューベックはまた商会を開くほどの商人へと成り上がっていた。



その2年後、リューベックはまた家族以外の何もかもを奪われていた。

今度は領主であるハルバー公爵にだ。

ハルバーがリューベックの商会に商品を卸すからそれを販売しろという命令に逆らったからだ。

それは誠実な男、リューベックが我慢できない劣悪な品質の回復薬だった。

ママネはリューベックにまた何も言わなかった。

いつも通りニコニコ笑顔で笑っていたのだ。

だがハンネは違った。母であるママネが何も言わないからこそ、思いを心の中に閉じ込めていたがその実リューベックを軽蔑してさえいた。

誠実であることはいいことだ。真面目であることはいいことだ。だが商人ならどうして清濁併せ持つ気概を持たないのだと。

見習いの商人ながらにそう思った。




その2年後のことだ。リューベックはトーン侯爵領のカンラージという街でまた商人をハンネはその見習いとして暮らしていた。


まだまだ商売は上手くいかない。

そのくせこの街に来て気のいいリューベックもう何度も騙されかけていた。


この頃、一番側で長い間リューベックを見ていたハンネは商人としての手腕に関しては尊敬していた。だがリューベックの商人としての心構えにはもう軽蔑の思いを隠そうともしないほどに嫌悪していた。



そんなときママネが病気になった。もう助からない。不治の病らしい。



ハンネはベッドに横たわる母に聞いた。


「母さんは本当に父さんといれて幸せでしたか?」


成功しては奪われて、成功しては奪われて、そんなリューベックに振り回されるような形になってしまったことについてママネはどう思っていたのか、自分のように本当は嫌だと感じていたのではないか、それをハンネは聞きたかった。


「幸せよ。母さんは父さんと、ハンネと一緒にいられて本当に幸せ。ハンネは頭の良い子だから自分の気持ちも、その質問に母さんがなんて答えるかも、本当はわかっていたんでしょ?」


ママネは間髪入れずにそう答えた。

ママネの表情は、笑顔だった。

昔と何も変わらない。







ママネが死んだ。






ハンネはリューベックの下を離れ、サーナイ伯爵領で商人として生きることを決めた。


寒い冬の日のことだ。家族という歯車は潤滑油を失い、壊れかけていた。




ーーーーーーーーー


お前の父は預かった。返してほしければ、3日後カンラージまでサーナイ伯爵領での豆の独占販売証明書を持ってこい。



脅迫状が届いたのはハンネがリューベックと離れて、もう7年が経った頃のことだった。

その頃のハンネはサーナイ伯爵領では販売も栽培もされていない豆に目をつけ、見事に豆に関しての独占販売権を手に入れたばかりだった。

商人は本当に金に汚くがめつい生き物だ。

商人にでありながらにして、いい人なんていうのはリューベックくらいだと考えていたハンネにとってこのような事態は読めていたことだった。

口の固さには定評がある知り合いのギルドマスターに頼んで実力のある冒険者を派遣してもらおう、そうハンネは考えた。


そしてあることに気付いて一瞬止まる。


自分は父を軽蔑していたはずなのに、脅迫状を見て即座に助けるために動き出そうとしたこと、そして父が誘拐されて命の危機があるということを知ったときから冷や汗が止まらないこと、体が落ち着かないことを。


ハンネの脳裏にママネと交わしたあの会話がよぎった。



ーーーーーーーーー


「ようやく来てくれたか。君達が『夜会』だね?」


ギルドマスターに依頼してから1時間。

常識的に考えてみれば突然の仕事に『夜会』はびっくりするくらい早く来てくれたと言っても良いのだが、焦りに焦ったハンネにはそのような考えには至らなかった。


ハンネは部屋に入ってきた『夜会』メンバーに対面の腰掛けに座るように勧めるが、全員断る。

これは冒険者が個別の指名依頼を出された中での不文律である。

勧められた椅子に座るということは相手の依頼を受けるつもりだという

意思表示になってしまうからだ。


ハンネ自身も、いつもは依頼内容を語ってから椅子を勧めるのにも関わらずどうやらそんなことも忘れてしまうほど取り乱していたようだ。


気持ちを落ち着けるためにハンネは眼前にいる最近巷で売り出し中の冒険者パーティーをじっくりと見る。


栗色の髪に栗色の瞳、ここらじゃ見かけない顔立ちの15歳くらいの少年。

冒険者シーナーー商人であるハンネでさえ知っているビックネーム。


シーナの左隣にいるのは金髪緑目の美しい少女キャンベル。


そして右隣にいるのは金髪に猛獣のような切れ長の目を持つムキムキの獣人、ライオネル。


これが『夜会』か……、ハンネは思った。

冒険者の街という二つ名で称されるサーナイ伯爵領で、ハンネは何人もの冒険者を見てきた。しかしこれ程の″圧″を感じたのは初めてのことだった。

言葉を一瞬忘れたハンネにライオネルが話を切り出す。


「それで、いったいなんの依頼だよ。言っとくが俺らは護衛とかクソめんどくせぇのは無理だからな」


「何でお前が決めてるんだよ。それにうちは護衛もオッケーだしな。嫌がってるのお前だけだし」


ぶっきらぼうに吐き捨てるライオネルの頭を叩きながらシーナは言う。


「ハッ。この前の護衛の依頼で、護衛対象殺しかけてた分際でよく言うぜ」


「あれはあのクソ商人が悪いだろ。お前もイラついてたしよ」


シーナとライオネルが言い合いをしているとき、ハンネはようやく我に帰った。


「君達に頼みたいのは他でもない。私の父を助けて欲しいんだ」


「よし聞こう!」


ハンネの言葉に間髪入れずに返答するライオネル。椅子にガタッと音をたてて座る。


「だからお前が決めるなライオネル」


そう言いながらシーナもまた椅子に座る。


「シーナはうるせえな。どうせ受けるつもりなんだから良いじゃねえか。器が小さいから粗チンなんだよ」


「誰が粗チンだクソ野郎」


一触即発の状況をキャンベルが止め、キャンベルもまた椅子に座る。


「はいはい二人とも喧嘩しない」


ハンネは呆気に取られていた。ギルドマスターから面白い奴等だとは聞いていたが、助けてくれたいう一言で依頼を受ける意思表示するとは思っていなかったからだ。


「詳しいことを教えてくれ」


シーナがそう切り出すと、ハンネは慌てて脅迫状を三人の前に見えるように置いた。


「この脅迫状が届いたのは今日のことだ。これが本当のことならカンラージにいるはずの父が囚われている可能性が高い。父を助けてくれ」


「ライオネル……どうだ?」


「ビミョーだな」


シーナとライオネルの会話にハンネは反応した。

ハンネが口を開こうとしたのを見てライオネルが先に言葉を放つ。


「別に依頼を断ろうだとか、あんたの父親が死んでるんじゃないのか、とかそういう意味でビミョーっつったんじゃねえよ」


ライオネルの言葉に補足するようにキャンベルが続けて話す。


「ライオネルには他人の言葉に込められた想いを読み取る能力があるんです」


「そういうことだ。ハンネさんよぉ……もしかしてアンタ、父親のこと嫌いなのか? 嫌いだけど助けたいとか、愛してるけど殺してほしいとかそういう矛盾した想いを読み取ったときにビミョーって感じるんだよ」


ライオネルの言葉に雷にあたったかのように固まるハンネ。

憧れと軽蔑を抱いてきたハンネの真意を突くような言葉だったからだ。

硬直からとけた後、ハンネは頭を下げて顔を隠した。

それから数秒間、じっくりと己の想いに向き合い、顔をあげて三人を見据えて言った。


「わからない。俺は父にいったいどんな想いを抱いているのか、好きなのか、嫌いなのかはっきりとわからないんだ。だけど、だけどわかりたいと思ってる」


「聞かなくてもわかるが……ライオネルどうだ?」


「……ホンモノだ」


ーーーーーーーーー


「本当に二人だけで大丈夫なのか?」


足の遅いキャンベルを残してシーナとライオネルがカンタージにリューベックを助けにいって、1日経った。心配して寝れずにいた間にもう何度したかわからない質問をキャンベルに投げ掛けた。


「大丈夫ですよ。あの二人は強いですから」


もう何度返したかわからない返事をキャンベルが返した時、ただいまーというシーナの声がハンネの屋敷の入り口で響いた。


「親父…………!」


部屋から飛び出して玄関に向かうハンネ。




「おお…………ハンネ……。またわしはお前に迷惑かけちまったのう」


リューベックは久しぶりに再会した我が子を見て一瞬うれしそうな顔をした後、自分が誘拐されたことど迷惑をかけたことを思いだし顔を伏せた。


「……何言ってんだよ。迷惑だなんて思ってないさ……本当に、本当に無事でよかった」


涙を流しているのを自覚したハンネはママネの言葉を思い出した。

ハンネは思った。自分の気持ちなんてわかっていたじゃないかと。憧れも軽蔑も、商人としてのリューベックに抱いていた感情じゃないかと。父としてのリューベックを愛していたんだと。


抱き合って二人で泣いた。

気付いたらいつの間にか『夜会』の三人はいなくなっていた。


暖かな風が吹く春。二人はまた家族に戻った。



サーナイ伯爵領魔族襲来まで


【約12年】

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