冒険者マルコフ
サーナイ伯爵領は三方を森に面している。
一方は冒険者シーナの豪邸が存在する森。ここには魔物は存在せず、金になりそうなものは何もないため誰も立ち寄らない。
一方は魔界と現界とを繋ぐ穴《奈落》が存在する森。ここにも魔物は存在しないが、もしかしたら魔族が出てくる可能性があるため定期的に騎士団を派遣している。
そしてもう一方は魔の森と呼ばれる森である。
魔の森には大量の魔物がいるため冒険者にとっては非常に稼げる場になっている。奥にいけば行くほど魔物は強くなっていて比較的街に近い森にはたいした魔物がいないという森の特性は初心者の冒険者も育てやすい環境になっている。
そのような環境と、プラスして最強の冒険者シーナがずっと拠点にしていたという事実とがサーナイ伯爵領に優秀な冒険者を大量に生み、また実力のある冒険者を呼び寄せる起因となっているのだ。
そしてその魔の森で今、新人冒険者二人組が奮闘していた。
「アット! 手伝ってくれ!」
森に薬草を取りに行くだけの簡単な依頼だったのに、不運にもゴブリン十数匹という小規模の群れに囲まれていたのはシーナの家から巣立った元孤児、見習い剣士マルコフと見習い魔法使いアットだった。
マルコフはくすんだ金髪に生意気そうな顔、いかにもヤンチャ坊主といった少年。アットは薄い蒼色の髪と瞳で自信無さげに眉が垂れたいじめられッ子のような少女である。
マルコフはゴブリンを一匹一匹の首を手にもつ剣で確実に跳ねることによって数を減らしているが、アットは肩から黒い筒のような物を背負っているだけで手には武器を何も持っておらずゴブリンに攻撃せずに、ゴブリンから仕掛けられた攻撃をかわしている。
かわしかたは一流のそれだがアットの顔は恐怖に歪み、目の端からは涙がこぼれ落ちている。
「何度も言ったじゃないかマルコフ! ワタシは超遠距離魔法に特化してるんだよ」
「お前の腰に短剣あったじゃねえか! それ使えよ!」
らぁ! と勇ましく声を上げ、ゴブリンを一匹倒しながらアットに言うマルコフ。
はわわわ、と情けない声を上げながらゴブリンからの攻撃をかわすアットはマルコフの指摘に困ったような笑みを浮かべる。
「あの短剣、欲しい本があったから売っちゃった……」
「下らねえ、ウソはいいよ!」
また一匹倒す。
「いやウソじゃないんだ……」
攻撃をかわす。
「…………マジで!?」
「マジなんだ」
マルコフの表情が歪む。アットは魔法使いだが、シーナの家でキャンベルから魔法以外にも攻撃のかわしかたと短剣術を学んでいた。
だから戦力に数えていたのだが、そもそも短剣を持っていないのならなんの役にも立たない。
マルコフは顔立ちこそ、頑固で考えなしに思われるがそれは違う。
実際のところは師匠であるシーナに似たのか、分析力に優れ、常に冷静
に物事を判断することができる。
どちらかと言えば考えなしなのはいつもとんぴな行動ばかりするアットの方だった。
マルコフは即座に考える。
疲弊した未熟な自分。欠片も役に立たないお荷物のアット。
「絶体絶命のビンチじゃん、どうすんだよ!」
「どうしよ……」
アハハと苦笑するアットにマルコフは以前の自分の判断を悔やんでいた。
ああ、こんなことなら可愛いからという理由でアットとなんか組まずに別の孤児メンバーと組めば良かった。もしくは冒険者なんてならずにずっと師匠の家にいれば良かった。
またはアイリ姉のようにきちんと師匠から剣技を習い、免許皆伝をもらってから冒険者になると家を出ればよかった。
「…………ってこんなとこで死ねるかよ!!」
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「そんでゴブリン全部倒したはいいものの、疲れはててぶっ倒れてて、肝心の依頼の薬草はどこかに落としてきたってことか」
ところ変わって、サーナイ伯爵領のギルド支部。
ギルドマスターの部屋にマルコフとアットはいた。
対面に座っているのは色黒スキンヘッドという如何にも強いですといった風体の大男ーーギルドマスターのクラウスだった。
「これは完全にアットが悪いです! 群れだって俺が一人で倒したし、薬草もアットがどこかに落としたんですよ!」
「バーカ、パーティー組んでるんだから連帯責任だ。。それにアットが薬草落としたのは気絶したお前を運んでたときだ。もしこいつがいなかったら、誰がお前を街まで運んでくれたんだよ」
「ぐむっ!?」
クラウスからの反撃をくらい、たじろぐマルコフ。
「俺が新人のお前らに声かけてんのはお前らがシーナの子供だからだ。普通の新人にはわざわざ声かけなんてしねぇ。他の奴等はしっかり冒険者やってんだからお前らもちゃんと頑張れ」
他の奴等ーーマルコフ、アット以外の同時期に冒険者になった面子はすでに功績をあげて、皆D、Eランクに昇格していた。
アットはそのことについて別になんとも思っていなかったが、マルコフは違う。
年も14と思春期真っ只中のマルコフには少し前まで肩を並べていた義兄弟達に取り残されるというのは我慢のならないことだった。
「もういい! 冒険者なんてクソつまんねぇ仕事止めてやるよ!」
だから比べられてマルコフが激昂してしまったのも無理はない。
「待ってよ、マルコフ!」
怒ってギルドマスターの部屋を出ていくマルコフとそれを追いかけるアット。
そんな二人を眺めながらクラウスは昔の自分もマルコフのようだったなぁと困ったように笑うのであった。
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「ねえ、マルコフ。冒険者止めるだなんて冗談だよね?」
円型になっているサーナイ伯爵領の中央部に位置する冒険者ギルドから南、魔の森とは正反対の方向ーーシーナの家方向に黙々と歩を進めているマルコフに声をかけるアット。
「冗談じゃないさ。きっと俺には冒険者の才能なんてなかったんだ。師匠みたいにはなれないんだ!」
涙を浮かべながら怒鳴るマルコフにアットは二の句がつげなくなる。
「俺は頭下げて師匠の家に置いてもらう。孤児の俺たちにはアソコ以外に帰る場所なんてないからな。俺は別にお前に無理に着いてきて欲しいだなんて思ってない。お前は好きにしろよ」
アットはマルコフの目をしっかりと見て答える。
「ワタシはマルコフが本当に冒険者を止めて帰るというのなら一緒に帰るよ」
マルコフはアットのその言葉を聞いて少し気まずげに顔をそらす。
自分のせいでアットの選択肢を狭めたと思ったからだ。
「勝手にしろよ」
「うん。勝手にするよ」
サーナイ伯爵領 魔族襲来まで
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