冒険者シーナ2
「そういえばニャンダムたちはどこに行ったのにゃ?」
そうニャムるがキャンベルに聞いたのは食事を終え、紅茶を飲んでいる時だった。
「確か、メアリーと一緒に日向ぼっこしに行くって言ってたわよ」
キャンベルが優雅に紅茶を飲みながらそう言うとニャムるは怒った顔を見せた。
「日向ぼっこって……ぼく誘われてにゃい!」
「お前ずっと俺の部屋で寝てたもんな」
そりゃ誘われねーよと、シーナは呆れたようにニャムるを横目で見る。
それにしても……この家、今全然人いないなーとシーナ少し寂しい気分になった。
つい数ヶ月前までは魔の森に建てられたこの豪邸には30越すほどの人数がいたのに猫やケットシーを入れなければ今では一桁しかいない。
仲間である獅子の獣人ライオネルは同じく仲間である獅子の獣人レオーネと婚約したことを故郷に報告に行った。
また同じくドワーフのガンテツとその娘のパンクは作りたい武器の材料が必要だとかでガンマレッド大陸に行き、またマルコフを始めとした孤児達はシーナ達みたいな冒険者になりたいと家を出た。
相棒である白狼のワンコはシーナやライオネル達にあてられて、自らも嫁を探しにと旅に出ていた。
この家に残っている昔からのパーティー仲間はハイエルフのメアリーとエルフのレイテくらいである。
そこまで考えたシーナは、そういえば最近レイテを見ていないなーと思いキャンベルに聞いてみることにした。
「なぁ、キャンベル。レイテって今何してんの? また部屋にこもって男色本でも書いてるのか?」
「あら、そういえば見てないわね……。ミミ、知らない?」
「あれ? お二人とも聞いていなかったのですか?」
ミミのその言葉にシーナとキャンベルは嫌な予感がした。そしてその予感はミミの次の言葉で的中していたとわかる。
「レイテ様なら昨日の夜、私も恋人を探しに行くとか行って出ていきましたよ」
「あらあらやっぱりね……」
「アイツメアリーの護衛どうすんだよ」
神の宿る樹、神樹の守り手を務めるハイエルフ。森の民エルフの信仰対象でもある彼ら彼女らは絶世とも言われる美貌を持ち、悠久の時を生きる。
またその生き血や尿には飲むと寿命が延び、不老になるといった特性から良からぬことを考える輩や権力者達が喉から手が出るほど欲しい存在だ。
だからこそハイエルフ達にはそれぞれに護衛がつく。
つまり我が家にいるハイエルフ、メアリーの護衛はレイテ。
護衛は何があってもハイエルフの傍を離れない……のだが、レイテは出ていった。
自分がいなくても俺達が絶対守るって信じてくれてんのかな? と一瞬思ったシーナだったが、絶対違うとさっきまでの考えを否定する。
「アイツ、メアリーの相手が面倒になって逃げたな……」
ハイエルフは何万年もの時を過ごすが、苦労を知らず、常識も知らない。まるで子供ような存在なのだ。
子供と言えば聞こえはいいが前に面倒な、がつく方のだ。
メアリーもその例からは外れない。
「おっはよう!」
「噂をすれば……か」
どことなくイントネーションがおかしい挨拶をしながらやって来たのがどこか神秘的な白髪に青の眼、そして人間離れしたボディを持つハイエルフのメアリーである。後ろには9匹のケットシーと多数の猫がいる。
「あーー! ニャンダムたちだにゃ! なんでぼくを置いていったのにゃ!」
その姿を見てケットシーたちの方へ駆け出すニャムる。
ポカポカと猫パンチの応酬でケンカしだすケットシー達を無視してメアリーがテーブルの椅子に腰かけた。
「……ねぇシーナ、キャンベル。なんだか私今日バーベキューがしたい気分なの」
「申し訳ありません、メアリー様。本日の昼食はメアリー様が先日召し上がりたいとおっしゃっていた魚料理、夕食はメアリー様が先日召し上がりたいとおっしゃっていたカレーを用意しているのですが……」
隣に控えていたナナがこれまた控えめにメアリーにそう告げる。
するとメアリーは目に涙を貯め、床に寝転がりわめき始めた。
「私、バーベキューがしたいのー! したいの!」
豊満かつ妖艶な見た目20の女性が泣き叫ぶ姿は実にシュールである。
要するにメアリーはワガママな子供なのだ。
どうやって泣き止ませようかとシーナが頭を悩ませているとピタリとメアリーは泣き止んだ。
そして窓の方に目をやる。
「……ナニかが来る」
シーナはその言葉と同時にガタリと椅子から床に崩れ落ちる音を聞いた。
椅子に座っていたのは二人しかいない。ともなれば崩れ落ちたのはキャンベルしかいない。
「キャンベル!」
急いで、キャンベルに駆け寄るシーナ。続いて奥様! と声を上げてキャンベルに駆け寄るメイド達。
ニャムる達ケットシーもケンカを止めキャンベルに駆け寄ってくる。
「おい! キャンベルしっかりしろ!」
シーナは必死にキャンベルに呼び掛けるが、キャンベルは汗を大量にかき、息も荒い。頭に手をやると焼けるような体温の高さだ。
「それは、おそらく魔力感知熱だよ」
医学知識に関してはそこそこ詳しいメアリーに話を聞こうとシーナが口を開く前にメアリーが答えた。
だが聞き覚えの全くない病名にシーナは眉をひそめる。
「…………っていうことは多分この前の体調不良もそれが原因? でもどうして私がそれに気付かなかったの? 感知能力は私よりもキャンベルの方が高いからか……。でもそもそもなぜ高位魔法使いのキャンベルが魔力感知熱に?」
ぶつくさとキャンベルの症状について一人で考察しているメアリーにシーナは声を荒げて聞く。
「メアリー、一人で考えるんじゃなくて俺達にも教えてくれ」
切羽詰まった表情のシーナにメアリーは先程床で泣いていた時とはうって変わった真剣な態度で説明を始めた。
「……魔力感知熱は対魔力抗体のない赤ん坊が、それも魔法使いになる才能を持つ優秀な赤ん坊が近くで高魔力を感じたときになる珍しい病なの。私はついさっき、《奈落》からナニかが来たのを感知した。きっとキャンベルもその存在を感知してこんな状態に……」
「おい、ちょっと待て。その病気は対魔力抗体のない奴がなる病気なんだよな。それなら高位魔法使いのキャンベルがどうして!?」
「それがわからないの! 確かに私が感じたのはびっくりするような魔力。でもキャンベルならこんなの受け流せるはずよ!」
長く綺麗な髪を振り回して叫ぶメアリー。
対してシーナは少し冷静さを取り戻していた。
「まさか……腹の中の子供か……?」
シーナの呟きに敏感に反応するメアリー。
「それよ、シーナ! 魔力感知熱にかかったのはキャンベルのお腹の中にいる赤ん坊。キャンベルの熱はそれが原因よ!」
「原因がわかったのはいいがどうやって治す。キャンベルがかかってたのならまだしも腹の中にいる赤ん坊じゃ手の施しようがないぞ!」
このままではお腹の子もキャンベルも死んでしまう。シーナは邪龍と戦ったときよりも焦っていた。
「魔力感知熱は感じ取った魔力が消えれば、すぐにでも治る病気。だから今私が感じてる魔力の根源を倒せばいいはずよ!」
「ニャムる、俺の部屋から武器と服持ってこい! ミミ達はキャンベルを頼む」
シーナはその言葉を聞いた瞬間、すぐに出掛ける支度を始める。
「《奈落》から来たってことは魔人か?」
《奈落》とはこの世界、つまり現界と魔界とを繋ぐ穴のことで、世界中に数十ヵ所存在する底の見えない穴のようなものだ。シーナの家の近く、といっても20キロはあるが、にも存在していた。
そこから現れたということは魔族に他ならない。
ニャムるのもってきた服に着替えながらメアリーに聞く。キャンベルはメイド達が部屋に運んで行った。
「いえ、感じ取ったことのないほどの魔力量よ。おそらく魔貴族クラスの上位爵位、それが複数」
「わかった。じゃあそいつらがどこにいるか教えてくれ。さっき来たところなんだろ、それほど遠くにはいないはずだ。あと…………お前の見立てでキャンベルは何分持つ?」
出かけの準備を済ませ武器を肩から背負ったシーナは背を向けたままメアリーに問いかける。
「場所は一番近くの街。私達が以前まで拠点にしていた所。…………キャンベルのことだけどおそらく1時間もたない」
「それだけ聞けたら充分だ!」
その言葉を最後にシーナは家を発った。
シーナは考える。
先程メアリーが言った数年前まで拠点にしていた所はサーナイ伯爵領だ。あそこには友達も仲間もそして家から飛び立った孤児達もいる。
そんな場所に魔貴族が現れたらどうなるのか。
一刻も早く魔貴族を葬らないと待つのは皆の死だ。このままではキャンベルと赤ん坊だけでなく皆が死ぬ。
一番近くにあるとはいえ、サーナイ伯爵領まではシーナの足を持ってしても15分はかかる。
時間がないとばかりにシーナは歩を進める。
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