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お仲間登場?④

 3時間後、皇成はメイリが眠る部屋の前で土下座したままうつ向いていた。


 メイリは頭蓋にヒビが入り、肩の骨が砕け、肋骨が2本折れた挙句に内蔵にも相当なダメージを受けていると言うのがイリーシャスの見たてだった。いくらヴァンパイアがタフでもこれだけ物理的ショックを与えられれば無事では済まない。


 メイリは耳と鼻からの出血が止まらず気を失ったままだ。イリーシャスもクリーンヒットした回し蹴り一発でやはり肋骨2本を折っていたが動くに支障はないようだった。


 綾奈はメイリの部屋に入ったまま出てこない。イリーシャスが叫んだ時に襲った激しい頭痛が収まった後で皇成は正気に戻りメイリにすがって泣きじゃくる綾奈をボンヤリ眺めていた。イリーシャスが小さな声で


 「とにかくメイリ様をベッドへ運んで下さい」


 とささやく様に皇成に命じた。その声を聞く度に頭がガンガンしたせいも有りイリーシャスが喋っていることも女性の声で有ることも気に止める余裕無くメイリを抱えるとヨロヨロと歩き出す。


 力が有りすぎてしがみついてくる綾奈が障害にならない。


 イリーシャスが引きずられる格好になった綾奈を抑えている内に部屋に運び入れるとイリーシャスがベッドの上でメイリの服を脱がし始めた。わずかに開いている目に気づき慌てて閉じるように手のひらを顔の上で滑らせ部屋の外に出る。30分程して出てきたイリーシャスに促されて部屋を移る。


 「これは私の言葉では無くメイリ様のお言葉です。これは事故であってあなたは悪く無い。ダンピレス化の過程で予期すべき事であり私にも責任が有る。最も不安がらせてしまった綾奈ちゃんに一緒に謝ろう。ここからは私のメイリ様に仕える者としての言葉です。メイリ様は命には別状は有りません。さすがに回復には時間がかかると思いますが3日もすれば起きられるでしょう。メイリ様の言う通り我々も気にすべき事でした。特に私はダンピレスなのだから可能性を指摘すべき立場にあったと言えます」


 ここでイリーシャスは言葉を切り涙を浮かべた。


 「本当に申し訳有りませんが私の言葉を言わせていただきたい。貴様はなんと言う事をしてくれたのか? メイリ様のお気持ちを理解出来ないばかりか怪我をさせるとは何事だ。この300年の間に私をここまで感情的にさせたのは貴様だけだ。貴様は今後何百年かかろうとメイリ様に命掛けで尽くせ。それが嫌なら私が全力で滅してやる。以上だ」


 イリーシャスが自分の言葉として吐き出したセリフは大声だった。皇成には脳みそをつかんで激しく揺さぶられるような痛みがあったが言葉は聞き届けた。


 イリーシャスにしても皇成がヒトであれば脳に致命的な損傷を与えるがダンピレス化が進んだ今ならば痛いだけで後遺症は無いと踏んでいる。


 全てはメイリの為であり、イリーシャスの個人的感情だけならフルパワーをぶつけて廃人にしてやりたい位だった。


 それから皇成はメイリの部屋前に土下座して深く頭下げる。どのくらいそうしていたか暫くすると頭を上げてそのままじっとしていた。


 一晩が過ぎても座り続けており時折部屋にイリーシャスが入り暫くすると出て来る。何度目かの出入りの際、


 「邪魔だ。壁によれ。土下座も見苦しい」


 とつぶやいて行く。壁によりかかる様に座り続ける皇成はその言葉にわずかに優しさが含まれていた事には気付か無い。


 イリーシャスは時折食事を運んで来るが暫く部屋にいて手付かずのまま持ち帰っていた。そしてなんと皇成の脇にも無言で食事を置いて行く。


 1日目は食べずに放置するが悪い気持ちは有る。


 また一晩が過ぎて食事を二人分持って来ると一つを置いて中に入る。中からうめく様な声が聞こえてきたので皇成は軽く腰を浮かすがイリーシャスがいる事を思い出し様子を見る。


 イリーシャスが出てきた時食事は半分程減っていた。そしてその盆を廊下に置くといきなり皇成に覆い被さる様にアゴに手をかけてきた。


 無理矢理口を開かせるとさっき置いた盆からサンドイッチを取り上げ無理矢理押し込んでくる。その後口を押さえて咀嚼させ鼻をつまんで飲み込ませるまでやってのける。


 飲み込みながら丁寧に手を払いのけ


 「もういい。ありがとう」


 と言って自分でサンドイッチを食べ始める。イリーシャスは少し離れた所に立って明後日の方向を睨みつけるように視線を固定しているが、その癖に多分綾奈が残した半分を食べ切り皇成用に持って来た分のちょうど半分を食べた時に、いきなりつかつかと寄って来て全ての盆を取り上げ片付けてしまう。


 食べさせて食べ過ぎさず、メイリだったらするであろう気遣いを全力で体現している。


 仕える者としての理想の様な存在だった。各部屋にはシャワー設備も有るが水音も聞こえず着替えを運んでいる様子も無いので綾奈は着たきりでじっとしているのだろう。


 皇成が3晩目に少しうとうとすると、なんとイリーシャスが薄手のタオルケットを掛けてくれたらしく肩から丁寧に身体を覆っていた。


 アグラム教国の状況など忘れて、とにかくメイリが回復し、また笑いあえる日が一日も早く来て欲しいと願う皇成だった。


 4日目の朝、いつもの通りイリーシャスが食事を部屋に運び入れて数分が過ぎた時、戸が開いてイリーシャスが皇成に入る様に促した。飛び起きて中に入るとメイリは半身を起こす様にしてベッドに寝ており綾奈はその手を握って共に無表情に皇成を見る。


 頭には包帯が巻かれているが髪がはみ出していない。丸刈りでは無いにせよ傷部を含め相当刈り込んだようだ。それをいつ行なったのかなど気にする余裕も無く入り口付近に立ち尽くしたまま


 「メイリ……」


 とだけつぶやいた。やがてメイリがフッと目を反らすまで何分そうしていただろうか。


 「クックックックッ」


 反らした目が耐えきれず笑っている。呼応するように綾奈も


 「ププッ」


 と吹き出す。やがて控え目ながら二人で大笑いを始めた。呆然とする皇成にメイリは


 「私達はね、ヒトの全治3ヶ月位の怪我が3日位で治るのよ。刺されたり撃たれたりなんか怪我に入らないのね。でも私はあと2~3日はあまり動けないからヒトなら全治5ヶ月、そりゃ死んじゃってるってレベルよ?」


 いきなり悲しそうな表情になって


 「私皇成に殺されちゃったわあ」


 とつぶやいてまた綾奈とバカ笑いを始める。皇成はまだ呆然としながら


 「大丈夫……なのか……」


 と絞り出す様な声を掛けると


 「駄目に決まってるでしょ? 今駄目って言ったじゃない?」


 「いや笑ってるから」


 「恨んで欲しいの?」


 あくまでも可愛らしく皇成を見ながら首まで傾げる。


 「んっとね、今回の原因を考えてたのよ。皇成ちゃんはダンピレスの力が出るようになった。それも並のヴァンパイア以上のすんごいパワーと防御力。でも綾奈ちゃんもそうだけど完全じゃ無いのね。てゆうか力を得るイコール発現だと考えられてきたけど、それが間違っていたかたまたま特異体質が揃っていたか。まっ兄妹らしいわね」


 もちろん皇成と綾奈は本当の兄妹では無い事を知っていて言っている。


 「それでねえ、考えたのよ。ヴァンパイア化による変化は脳と肉体。脳のみはあり得るかも知れないけど肉体のみは聞いたことないわ。もっともあくまでもヴァンパイア発現に関してだしダンピレスは研究どころかデータもないしね。皇成は肉体は発現したけど脳はまだ。だから肉体を制御しきれず暴走した。でもね、おかしいの。強い力もそうだけど速いスピードは思考力も強化しないととても制御出来ないはずなのね。あの時の皇成は私やイリーシャスより速いとは言わないけど同じ位では有った。私もだけどイリーシャスはヴァンパイアの中でも速いし強い方なのよ。そんな力を出せるのはやはり脳も発現しているとしか考えられない。なのに暴走した」


 ここでメイリは決め顔の様になってきた悲しそうな顔をしながら


 「だとしたら後は脳の中で戦闘に関する部分はもともと人並み以上で発現により能力を発揮出来たけどそれ以外の部分は残念な位おバカさんで底上げされても足りなかったのか……あるいは私の事を発現した脳の力全開で憎んでいたかね……」


 皇成はあまりに慌てて思わず大声で


 「メイリを憎む訳あるか! バカなんだよ俺は。バカの方に決まってるだろ!」


 メイリはいっそう悲しそうな顔で


 「本当? 本当に憎んでいない? 私の事好き?」


 「好きだよ。大好きだよ。これから500年生きるんなら500年、1000年生きるんなら1000年一緒にいてやるからそんな事言わないでくれ」


 皇成がけっこう力を込めて言い放った後で


 「おおおぉぉ」


 と綾奈がうめく。


 「まっ1000年は生きないけどね。第一皇成ちゃんはまだ完全なダンピレスじゃないしねえ」

 と急にあっけらかんとしたメイリの言葉。皇成はちょっと恥ずかしくなり


 「あっいやっそれは例えば、って感じであって」


 「何? 例えばってナニ? 告ったの嘘なの? 皇成嘘ついたの? ねえ、全部嘘ばっかりなの?」


 「いや嘘なもんか。告りました。メイリが好きですからどうか早く良くなって下さい」


 「聞いたあ? 綾奈ちゃん、私の事好きだってえ。でもさっき1000年でも一緒にいてやるって言ったけどちょっと生意気じゃなあい? 好きならいさせて下さいじゃ無いかしらあ」


 「うんうんそうだね。むしろお願いしますだね、お兄ちゃん。言い直すべきだよ」


 チラとイリーシャスを見て薄笑いを浮かべているのを確認した皇成はようやく気づく。


 「おいちょっと待て。からかっているのか?」


 すると綾奈が今度は眼いっぱいに涙を貯めて言う。


 「私ね、あの夜ずっとベッドの横に座ってメイリさんの手を握りながら本当にお兄ちゃんに怒ってた。メイリさんが死んじゃったらお兄ちゃんも殺して私も死ぬんだとか本気で頭の中でぐるぐる回って何時間も何時間も考え続けてたんだよ。何時間も経ってからメイリさんが落ち着いてきたのが分かって、そしたら今度はメイリさんの声が聞こえてきたの。お兄ちゃんを怒っちゃいけない。これは事故だから。私はすぐ元に戻るから。お兄ちゃんを怒っちゃいけないって。何回何回も聞こえてきて私もやる事ないから数えてみたら一時間に300回以上だよ? それを何時間も何時間も。そりゃ私だって洗脳されるわよ。お兄ちゃんを怒る気持ちが無くなってきたら今度はいろいろな事話した。何故かその後の内容は覚えていないんだけどね。イリーシャスさんが無理矢理ご飯食べさせてくれて。やっとメイリさんが目を開けてくれて…。うわあぁぁぁん」


 泣き出した綾奈の頭を撫でながらメイリは皇成を見る。


 「今回の事は事故よ。わざわざ忘れる必要も無いくらい日常に起きてしまった事故。私の怪我さえ治れば皇成の能力の高さが分かった事の方がよほど大きな収穫よ。おまけに私もイリーシャスも恐怖を学ぶ事さえ出来た。ヴァンパイアは恐怖にも痛みにも疎いからこれから闘いをしていくには貴重な体験だったと思う。分かった? もちろん辛かったけど貴方に責任は無い。それよりも力を制御することを意識して。今度暴走を始めたら……」


 満面の笑みを振り撒きながら


 「どこか遠くの皇成ちゃんに絶対見つからない所まで綾奈ちゃんと逃げる事にするわあ」


 「ああ、そうしてくれ」


 心底ホッとした皇成はメイリの言葉に偽りが無い事を感じている。これが通じ合うと言う事なのか。悪くない、とも感じていた。





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