いろいろ準備しなくちゃね③
「今日はイリーシャスの事信じてくれてありがと。暴れられたらどうしようか位には心配だったわ」
「良く言う。押さえるも殺すも手間無いだろう。確かにヴァンパイアは強い。その中でも最強のコムネナは敵としては彼一人だったとしても倒せる気がしないよ」
「私達もみんな同じ事を考えている。ヒトの様に集団生活しない私たちがコムネナそばにいたのは訳があるわ。今は20位だけど多い時は私も含めて150位が集っていたわ。彼はメガリオであり強い立場があった事、実際に強かった事、そして妻の存在、私に限らずまずは元に戻って欲しいと願っているでしょうね。今更謝って許される事も無いし元に戻る可能性無く排除しなければならないかも知れないけどいずれにせよ最後にキーになるのは綾奈ちゃんとあなたよ、皇成」
「なぜ俺が?綾奈だってヒトにとっては希望だがヴァンパイアにとっては新たな一個体と言うだけだろ?キーと言えばむしろメイリなんじゃないか?どの範囲か分からないけどみんな協力的じゃないか」
「そうねえ。ねえ、この話しは今はもう終りにしたい。これからずっと考えて行かなければいけない事だしね。今は…ねえ、吸わせてえ」
「ああ」
右腕を出した皇成に
「今日は左い」
「何か意味があるのか?」
「ないしょぉ。はやくはやくう」
少女を通り越して幼児に戻った様にせがんで来る。
もちろん血に飢えての行動では無く強く拒否すれば大人しくやめるだろう。それどころかもしかしたら泣き出すかも知れない。
それが演技でも、裏の有る悪意では無い事は信じているので、黙って左腕を出した。昨晩と同じく腕の裏側をペロペロ舐め出している。唾液に含まれる成分が麻酔のような効果を出すのだそうだ。
ときおり吸い付くように唇を寄せながら楽しげでもあり一生懸命でもありそうな行為を続ける。5分を過ぎて皇成も恍惚とした気分になり右手てメイリの頭を撫でている。15分ほど経ったころ、メイリは少し体勢を変えて牙を立てる気配を感じる。
ズブリ、と腕に牙が挿入される感覚はあるがもちろん痛みは無い。皇成はさらに朦朧となりながらゆっくり眠りに落ちていった。
「これが新型兵器よ」
大きな鉄製の箱から取り出されたのは楕円筒に取っ手とトリガー部分を取り付けて肩にしょって構える武器で携行型のミサイル発射装置に似ている。マガジンは内蔵になっており後ろの上部分からセットするようだった。
「電磁加速砲、通称リニアガンね。まだ開発途中で重さが80キロあるわ。イリーシャス、お願い」
イリーシャスはわずかに重さを感じさせながらも滑らかに肩に担ぐ。建物の外に出て草が伸びきっていない50m程見通せる空間の先に的を付けてあり、イリーシャスは簡単に狙いを定めると無造作に撃ち始めた。
ウイイィィと言うモーター音とシュシュと言う擦過音が混じった独特の銃声は大きくは無い。イリーシャスはほとんどの弾を的紙のどこかに当てているようだ。レールガンがどの程度の集弾性能を持つか分からないが通常なら神業レベルである。
「どう?」
イリーシャスは深くうなずいて答える。
「ヨシ、綾奈ちゃんも試してみてよ」
「おい待て、綾奈に80キロが上がるはず無いだろう。変に頑張らせて腰でも痛めたらどうするんだ」
「ちょっとお兄ちゃん、上がるかどうかは分からないけど腰なんて痛くしないよ。いくつだと思ってるの?お兄ちゃんと一緒にしないでよ」
「いやお前、俺だって若いよ。でもそうゆう油断がだなぁ」
「はいはい仲がいいのは分かってるから。お互いを甘やかし過ぎなのもね。皇成はウザい心配しない、綾奈ちゃんは怒ったんならひっぱたくくらいする、戯れて無いで早く試して。もちろん無理する必要は無いわよ」
「はぁい」
綾奈は上に向けられたグリップを握り力を込める。皇成が驚いた事にフラつきながらも肩に載せて狙いを付けて引き金を絞る。
ヴァンパイア達はもちろん、皇成も50m位なら的はしっかり見えているがイリーシャスの時と違って的の変化が分から無い。
1発目が中心を捉えて穴を開けた後で全ての弾がそこを通り抜けている為に見た目の変化に乏しいせいだった。 初速にして拳銃弾の約3倍、連射能力は6倍弱の勢いで超硬質カーボン製の弾を吐き出すのだから綾奈が持てば無敵の性能だった。
ヒトが100年以上前に考えて60年位前からより真剣に実用化の研究を重ねても未だ試作すらおぼつかない技術をヴァンパイアが本気になればエリコム社があった為とは言えアンデット渦と綾奈の存在が認識されたわずか3年で立派な試作品を作り上げてしまう。やはり頭脳も卓越している証左だった。
「さっすがねえ、綾奈ちゃん。重さはやっぱり駄目?」
イリーシャスが手を添えてゆっくり地面にレールガンを下ろしている。
「ただ撃つだけならなんとかですけど走ったりとか駄目です。支えるのがやっと」
「持てるだけでも凄過ぎる位なんだぞ、なんてセリフ吐く前にほら、皇成の番よ。さっさとやる」
「俺?80キロだぞ?お前らと一緒にしないでくれ」
しかし皇成はメイリにジロリと赤い目で睨まれる。「お前」に反応したのだ。細かい。
「やらせて頂きます」
言ってみたものの、ベンチで120キロ上げるのとは訳が違う。持つところがグリップしか無いのだ。
「うん、えっ?」
確かに重いがせいぜい15キロ位の感覚だ。激しい機動をしなければ走って移動も出来る。
「なんだ80キロも無いじゃないか」
深く考えず的に向かって構え撃ち込んでみる。ちなみに綾奈が使った的は交換していない。
ウイイィィィの音と共に弾が発射される感覚はあるが的には当たらない。普通の銃と違い本体が波打つような反動があり上手く制御出来ない。それでも3連射目で何発かは当たるようになった。
「へったくそ皇成い」
皇成には返す言葉も無い。綾奈の超集弾は一種の超能力だが長年の訓練で仮に超能力が無くても連射集弾力は皇成以上になっていたのだ。いまさらだが皇成に特製サブマシンガンを使って単発でも100mの的に当てる自信なんて無い。連射はいわずもがなだ。
ちなみに皇成の射撃力は間違い無く教官クラスである。連射集弾は超能力を別にしても綾奈の努力の賜なのだ。
皇成は軽々と80キロと偽られた新型兵器を地面に下ろす。しかし地面に着いた時明らかな重量を感じさせるものが有った。
「?。なんだこれ?やっぱり相当重いのか?」
「皇成ってさ、本当に私の事信じてないよね?もしかして嫌いなの?私の事嫌いなの?」
「いや嫌いじゃ無いよ、好きですよ。でも俺が80キロの重さをこんな風に扱える訳無いじゃないか」
しかしさりげない会話に罠があった。
「キャーお兄ちゃんメイリさんが好きなの?いつから?だから血を吸わせてあげたの?でも異常な状況で芽生えた恋は実らないんだよ?夜中に2人でなにやってるの?メイリさんの気持ちはどうなの?」
何か他に確認すべき事が有るような気がしているのに圧倒されて沈黙する皇成とメイリを見ながらイリーシャスが珍しく薄笑いを浮かべていた。




