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いろいろ準備しなくちゃね②

 買ったばかりのスゥエットを上下に着た綾奈はなんとなく忍び足で戸を開けて入り口に向かう。皇成は出て来なかった。入り口前のロビー状になった空間にメイリとイリーシャスが立っている。


 「こっちこっち」


 メイリは綾奈を促し隣の部屋に入る。


 「よしよし。女子会だあ」


 「えっと…女子って?」


 思わず男モノのスーツを着こなしたイリーシャスを見る綾奈。


 「お待ちしておりました、綾奈様」


 「いえ、様って、てか喋れるの?よりもその声って?」


 初めて聞いたイリーシャスの声はハスキーではあるが間違い無く女性の声だ。


 「イリーシャスは喋れるよ。なにせ人生経験のレベルが違うから日本語もペラペラだしね。喋らないのはね、イリーシャスの声には電磁波が乗ってしまうの。ヴァンパイアは平気だけどヒトの脳には有害でね、溶けちゃうらしいわ。コムネナのところでも喋らなかったと思うけど綾奈ちゃんはともかくバカ皇成にはちょっとね。綾奈ちゃんも影響あるかなって思ったんだけどどお?」


 「いえ何も。でもどうして男の格好なんですか?それに私に様なんてやめて下さい」


 「男装の件は私も知らないのよ。教えてくれないけどずっと昔から」


 「習慣のようなものです。私は奥様のダムピール。そのお嬢様だからメイリ様。その……ご友人であれば綾奈様、と言うだけです。それからメイリ様、人生経験のレベルがどうこうは余計です。歳の事は言われたく有りません」


 こだわって反応するところがメイリと似てる、と思う綾奈だった。


 「はいはい失礼しました。母とはともかく私とは姉妹みたいなものなのにね。まっ好きにさせてあげてよ。きっとメイド根性が染み付いているのよ」


 「……メイリ様、いらっしゃって早々に喧嘩売っておいでですか?」


 「冗談でしょ?イリーシャスに敵う訳ないじゃない。綾奈ちゃん、イリーシャスはめちゃくちゃ強いわ。ぜひ皇成を鍛えてやろうと思ってね。あと、イリーシャスが喋れる事は内緒ね。バカなりに気にするでしょうから。女なのも内緒。これはねえ、そのうち最大効果でばらすわあ。顔が見物ねえ」


 セリフの最後の方はとろけるような顔つきになっている。だんだん分かってきたメイリの性格のさらに奥底をかいまみた気分の綾奈だった。


 「じゃあイリーシャスは食事の準備をお願い。綾奈ちゃんは皇成と今日出来る事をやりましょう」


 部屋の前で皇成を呼び出し奥まった部屋へ入ると50畳はあるのではと思われる広さの隅に銀の機材ケースやメイリが使っているような楽器ケース、ズック袋がそれなりに整理されて置かれている。その脇に3つの人影が立っていた。


 「運び出せたのはこれだけ?」


 挨拶無しにメイリが話しかける。


 「ああ、結局は急な話しだったからな。俺達の力どうこうより車がギリギリだった。2台分だからもう少し車には入ってるよ。とりあえず使いそうなものを出してみた」


 「ありがとう。皇成、綾奈ちゃん、言うまでもないけど彼らはこちら側の者達よ。これからヨーロッパに飛ぶ予定だから次にいつ会うかは分からないけど顔は覚えておいて。その内役に立つかも知れない。あなた達もね」


 「よろしく」


 男同士の気安さで思わず右手を伸ばすが慌てて引っ込める。


 「ハハハ。ヒトとの接し方は知ってますよ。よろしければ」


 そう言って差し出された右手を皇成も握り返した。綾奈も軽く男達と握手すると


 「あなたが綾奈さんですか。とにかく、コムネナは排除しなければならない。しかし敵とするには桁外れな相手ですから無理をせず頑張りましょう」


 皆ヴァンパイアの例に漏れず綺麗な顔立ちのところへこぼれんばかりの笑みを浮かべる。こりゃヒトはかなわないな、と考える皇成だ。


 「それからメイリ、例の新型はそのケースだ。もっと軽量化すべきだろうがまだ開発途中でね、ヒトが手持ちで扱うのは無理だろう。その代わり装弾数を多めにしておいたから使い捨てと考えてもいいかも知れない。弾もほとんどセットされている分しか無いしな。使い方は分かると思う」


 「ありがとう。明日さっそく試射してみるわ。それじゃお互いに出来る事をやりましょう」


 綾奈達3人は食堂へ向かうがヴァンパイア達は来ない。各個自由な事が信条のようでメイリも誘いすらしない。


 ここを出る前に綾奈のマシンガンを手入れしてくれるとの事なのでありがたくお願いした。皇成ももちろん銃器の手入れは出来るがエリコム特製だと言う事も有るし第一道具が無い。


 適当な道具を見繕って置いていってくれるそうなので後で点検すればいい。自分の銃は自分で手入れするのは鉄則だから彼らにも分かっているはずだ。いくら自分のでも綾奈に任せる訳にもいかないのは当然だ。きれいになったかな?など考えながら銃口でものぞいて暴発させたらたまらない。


 テーブルに並べられた食事を見たとたんに各自お腹が空いていたことを意識してやがてもくもくと食べ始めた。メイリが話題程度に


 「彼らはエリコム本社に乗り込むつもりなの。ヴァンパイアが武器を使ったらどうしたってヒトに勝ち目はないわ。もうめぼしい兵器はアグラムに運び始めているでしょうけどね。後はエリコム本社をこちら側の拠点にしようと考えてるわ。アグラムへも近いし逆に近すぎてコムネナに従う者はアグラムに行ってしまうと言うのが読みね。いずれにせよただ攻撃してもコムネナは絶対に排除出来ない」


 「でも、私達に勝ち目はあるの?ヴァンパイアはコムネナだけでもないんでしょ?」


 「分かっているのは合計20位ね。でも例のアンデットをどのくらい作っているのか分からないし理論上はいくらでも増やせるのがなんともね。とにかく出来る事を順番に、よ」


 食事を終え片付けはイリーシャスに任せた。時間はもう夜半過ぎておりさすがに皆疲れが見える。各自部屋に戻りシャワーを浴び終わった頃皇成の携帯が鳴る。メイリからだった。


 「部屋に来て」


 少し不機嫌そうに短く言うと切れる。皇成は軽く首を振りながら身体を起こしてメイリの部屋に向かいノックする。すぐに戸が開き滑り込むように室内に入った。






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