日本人初の宇宙飛行士・秋山豊寛氏の著書
「まだ未完成だから知りたい」 「まだやったことないからやってみたい」そんな、大まぐれな純粋な探究心はどこまでも人々を熱くさせてくれる。
それがまだほとんどなにも分かっていない宇宙ならどうか、「宇宙兄弟」や「ドクターストーン」など 宇宙への探究した作品をみていると宇宙に興味がなくても自然と引き込まれていく。
日本人ではじめて宇宙飛行を果たした元TBS記者の秋山豊寛さんはその後、インタビューに応えた際に人生観の変化を問われ「人間なんかそう簡単に変わりゃしませんよ」と答えた。へそ曲がりの報道人ゆえだろうか。当時はがらっぱちな発言が目に付いた。はじめて宇宙へ行ったのは1990年のことである。
1989年TBSが、日本人のミール訪問に関する協定をソビエト連邦の宇宙総局と調印されたことでTBS社内の98人の応募者の中から、同年9月に同僚の菊地涼子とともにTBSの2人の宇宙飛行士候補に選抜された。選考から一度外れたが、その後応募者全員が不適格となったことから再選考が行われ、むし歯がなく裸眼視力が2.0であったことに加え、プロジェクトを通じて通訳に携わった作家デビュー前の米原万里の強い推薦で決定したとされている。
秋山豊寛さんは宇宙への憧れなど全くなかったという。(旧ソ連とテレビ局の企画だったから)という特別的な感情などなかった。
専門的な訓練を重ね、92年にスペースシャトルに搭乗した毛利衛さんのほうが日本人初の「宇宙飛行士」だと区別もされた。
宇宙にたどり着くことなく道半ばで星になってしまった科学者にはとてもじゃないがいえないセリフだが。地球を眺めた経験がやはり何かを変えたのだろう。と語っていた。
その後、宇宙に問いを重ねていたら生命のつながりを支える農業にたどり着いた。
その後、『こちら宇宙特派員! —宇宙に行ってみた!』や『これ、本番ですか。―日本人初、宇宙を飛んだジャーナリスト秋山豊寛(TBS宇宙特派員)交信録』『宇宙と大地 農のある暮らしへ』など宇宙体験をもとににした自著につづっていた。
やはり、宇宙で人生観は変わっていた。




