第八話
月曜日も朝から同じような光景が繰り返されていた。教室と学校に広がる嫌な空気。深森に向けられる無遠慮な視線。じっと耐えるような彼女。そして、何もできない俺。
「今日も待ってる」、どこか送り慣れてしまったメッセージをスマホに入力してから校舎裏に向かう。今日もベンチに先客はいなかった。
ベンチに腰掛け、後悔を抱えながら何をするでもなく時間が過ぎるのを待つ。そうして三十分ほどが経ち、今日も来なかったと諦めて帰ろうかと立ち上がったそのとき、視界の端に人影が映った。
深森だった。手を伸ばせば届けそうな距離のところに彼女が立っていた…
彼女は唇を噛んで涙を堪えたような表情でこちらを向いていた。彼女と目が合うのは久しぶりだった。
「…白石くんは優しいですね」
絞り出されるようなか細い声が耳に届いた。
「俺は…ごめん…」
彼女のために何もしてあげられなかった罪悪感から、目を合わせていることに耐えきれず、よく分からない言葉を口にして目を逸らしてしまう。
「白石くんは優しいですよね」
深森が同じような言葉を繰り返す。
「私の“耳”を見ても何も言わないでくれて」
「噂も知らないふりをしてくれて」
彼女がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「それがきっと白石くんの優しさだったんだって、私は分かってます」
そこまで言うと、彼女は少し言葉を止めて息を吸った。
「でもね、白石くん」
先ほどよりもはっきり聞こえた。
「知らないふりをされるのも痛いんですよ」
ハッとして顔を上げると、そこには目元に涙を溜めた深森がいた。
「私は…ただ…こんな私でも良いって、そう認めてくれる、それでも仲良くしてくれる、そんな普通の友達が欲しかっただけなんです」
彼女の頬を一筋の涙が伝った。
「だからね白石くん」
彼女は袖口で涙を拭って言った。
「さようなら」
そう言うなり、彼女は俺に背を向けて走り去って行った。俺は追いかけることもできずに立ち尽くすしかなかった。
胸の奥がひどく痛んだ。彼女の言葉が時間をかけて沁み込んできた。頭が理解を進めるほどに、心の痛みが強くなっていった。
深森が転校して、もうこの教室には来ないことが告げられたのは翌朝のホームルームだった。




