第七話
翌朝目を覚ますといつも通りの天井が俺を迎えた。意識が覚醒していくにつれ、昨日の苦い記憶が思い起こされた。放課後、深森と会うことを諦めて帰宅してからも、彼女のことばかり考えていた。それでも自分がどうすれば良かったのか、これからどうすれば良いのか、答えは全く出ていなかった。
重い足取りに鞭打って学校へ着くと、やはり嫌な視線が俺を包んだ。廊下や教室に貼ってある多文化共生月間のポスターが白々しく見える。
「…だから、多文化共生ってどうしたらいいんだよ」
俺は一人小さく悪態をつくのを止められなかった。
俺たちのクラスには廊下や学校全体とは少し違う空気が流れていた。探るような視線は無差別というよりもある一人に向かって投げられている–––––深森だ。彼女は教科書とノートを並べ、席に座っていた。その姿勢はいつものように良いが、視線は心なしか俯いている。昨日俺に声をかけた女子の集団が、ヒソヒソと声を潜めた会話をしながら、時折深森の席へと目を向けている。
俺は教室へ入ると、そんな彼女たちの視線を遮るように、彼女たちと深森の間を横切って自分の席へと向かった。俺には何もできないが、せめて何かしたいと思った。何かしているつもりになりたかったのかもしれない。
深森はそんな俺に気付いてか気付かずか、隣の席に座る俺を横目でちらりと見た。だがそれっきり顔を上げることも声をかけてくることもなかった。俺も彼女に声をかけることはなかった。かけるべき言葉は見つかっていなかったし、これ以上彼女に視線が集まることもしたくなかった。
授業が始まっても教室の空気は変わらなかった。授業中にもチラチラと深森を見る生徒もいる。
昨日と違うのは、休み時間になっても深森が席に座っていたことだ。彼女はあくまで“いつも通り”といった様子で、席についてじっとしていた。彼女に話しかける生徒はいなかった。俺もその一人だった。
席に座って一人静かに時間が過ぎるのを待つ深森の様子は、“普通”の女子生徒のようでもあったし、なぜか泣き始める直前の幼い子供のようにも見えた。
時折席を立ってトイレにでもいっているのだろうとき以外、彼女はずっと席でじっと耐えるように座っていた。
そんな様子が繰り返された後のホームルームで、俺は机の下でスマホを取り出すと、深森のアイコンをタップした。「今日も待ってる」、それだけメッセージを送るとスマホをしまう。目立たないように、それでも彼女と話がしたいと思った。
ホームルームが終わると深森は静かに席を立って教室を出ていった。教室中で繰り広げられる噂話の声量が俄かに大きくなる。先ほどまで深森が座っていた席に向けられる無遠慮な視線はもはや隠されていなかった。
俺はそんな教室の雰囲気に居心地の悪さを覚えて、誰かに話しかけられる前に教室を出ることにした。廊下に出ると嫌な空気が少し晴れた気がした。一つ軽く息を吸ってから校舎裏に向かう。
ベンチには今日も深森はいなかった。期待が裏切られたような、納得するような、複雑な気分だった。俺は一人ベンチに腰掛けると、一つため息をつく。
三十分くらい待っただろうか。やはり深森は現れなかった。俺はスマホを開いて、「また明日」とメッセージを送り、重い腰を上げる。
深森と言葉を交わせない日が週末まで繰り返された。
週明けの月曜日、それがその日だった。




