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彼女と俺の●●●  作者: 老川


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第六話

 次の日の朝も学校中に妙な空気が広がっていた。下駄箱で靴を履き替え教室に向かうまでの廊下で探るような視線に晒される。そんな中教室の前までたどり着いた俺は、教室の戸に手をかけようとして一瞬動きを止めてしまった。頭の中では昨日の深森の言葉が繰り返し再生されていた。俺の葛藤とは無関係に、一歩教室に足を踏み入れると、また同じような視線が刺さってくる。収まることのない空気にうんざりした気持ちを覚えつつ、俺は自分の席へと向かった。


 隣の席には荷物が既に置かれていたが、深森の姿はなかった。机の上には何も置かれていない。彼女がいないのを良いことに、その席に無遠慮な視線を向ける生徒もいた。


 授業の準備をしておこうと荷物に手をかけたところで、何人かの女子から声をかけられた。


「ねえ、白石くん」


 顔を上げて続きを促すと、先頭に立っていた生徒がためらいがちに口を開いた。


「白石くんってさあ、深森さんとたまに話してるよね?」


 心臓が跳ねる音がした。


「…そんなに仲が良いわけではないけどな」


「じゃあ、あのことについて何か知ってる?」


 一瞬、視線が隣の席へと流される。ついにこの時が来てしまった。動揺を悟られないように、表情を取り繕って返事を返す。


「あのことって、何?」


 無知を装って答えると、女子の集団は憮然とした表情で、少し勢いを増して言葉を続ける。


「このクラスに“いる”って話」


「白石くんも何も聞いてないことないでしょ」


「深森さんが怪しいって話もあるんだけど、どうなの?」


 彼女たちの声は次第に大きくなり、教室中からこちらを伺うように視線が向けられているのが分かった。


「俺は何も知らないよ。そういう話しない方が良いと思うぞ」


 それだけ告げると、俺は逃げるように席を立ち廊下へと出た。てきとうにトイレでも行って授業まで時間を潰そうと思った。


 教室を出て横を向くと、そこには顔を伏せて立つ深森の姿があった。泣いていたわけではない、表情が見えたわけでもない、それでも彼女が傷ついていることが直感的に分かった。


「深森、あの、」


 そう言って言葉をかけようとする俺を待たず、彼女は俺に背を向けると廊下を走り去っていった。俺は立ち尽くすほかなかった。


「白石、早く教室に入れ」


 廊下で呆然とする俺の意識を戻したのは、ホームルームのためにやってきた教師の声だった。その声に従い、自分の席につくが、ホームルームの教師の声は耳に入ってこなかった。


 ホームルームが終わり一時間目の授業が始まっても、深森は教室にやってこなかった。俺は彼女のことに心が囚われて、授業には全く集中できなかった。頭の中では走り去る彼女の後ろ姿が思い出されていた。


 俺たちの会話が彼女を傷つけたのは間違いない。だが俺はどうすべきだったのか、全く分からなかった。あれ以上噂がエスカレートしないためには、話を止めさせるしかないと思った。その選択が間違いだったのだろうか?俺はまた彼女と自然に話せるだろうか?そんな考えが頭の中で渦巻いていた。


 結局深森は二時間目の授業が始まる直前に教室へと戻ってきた。彼女が入ってきた瞬間、教室の空気が少しひりついた気がした。コソコソとした、しかし確かな視線が彼女へと向けられる。彼女は誰にも声をかけることなく、誰からも声をかけられることなく、席につくと静かに教科書とノートを並べ始めた。その様子はいたっていつも通りだったが、彼女を取り巻く空気の異質さを際立たせるように思えた。


 俺はそんな深森の様子を横目に見つつも、何も声をかけることができなかった。どう接するべきなのかという答えは、まだ自分の中で出ていなかった。それでも彼女が“普通”でいようとするのならば、そっとしておけば良いと思った。


 深森は周りの空気を感じていないかのように、いつも通りに授業を受けていた。しかし、授業の終わりを告げるチャイムがなると、音も立てずに教室を後にした。そんな彼女を止める生徒は、やはり誰もいなかった。


 彼女が戻ってきたのは三時間目の始まる直前だった。無言で席につき、静かに授業を受けると再び教室を後にする。四時間目が終わって昼休みが訪れても、彼女は弁当を手に教室を出ていった。最後の授業の後、ホームルームが終わって荷物を持った彼女が教室を後にするまで、同じ光景が繰り返された。


 俺は結局、彼女と言葉を交わすことはなかった。


 深森が教室から出ていくのを見ても、俺は追いかけることができなかった。それでも何かしなくてはいけないと思った。俺はスマホを取り出すとメッセージアプリを開き、深森のアイコンをタップした。「いつもの場所で待ってる」、少し悩んだ後に送信ボタンを押す。彼女と奇妙な時間を過ごす関係になってから、初めての俺からの誘いだった。


 彼女が誘いに応えてくれることを祈りつつ、返事を待つこともできずに俺は荷物を持って席を立った。背中にはいくつもの視線が刺さっているように思えた。俺はそんな視線に気付かないふりをして、教室を後にした。


 校舎裏、いつものベンチに着く。先客のいないベンチを見るのは初めてだった。


 いつもより広いベンチに腰を下ろす。スマホを開いても着信はなかった。


 五分待っても、十分待っても深森は姿を現さなかった。


 現れない彼女を一人待つようになって初めて、俺は彼女と過ごす静かな時間を楽しみにしていたことに気がついた。


 俺は何かを勘違いしていたのかもしれない。彼女が何も言わなかった理由を、都合よく受け取っていた気がした。


 それでも俺はどうすれば良いのか分からないままだった。


 ベンチに座って三十分が経っても彼女はやって来なかった。今日はもう来ないのだろう。スマホを開いて、「また明日」とメッセージを送る。暖かい春の風が今日はひどく冷たく思えた。

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