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彼女と俺の●●●  作者: 老川


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2/7

第二話

 次の日も何も変わらず朝がやってきた。いつも通りの二年二組に、相変わらず誰にも見向きされないポスター。自分の席に荷物を置くと、前の席のやつが振り返って「おはよー」と言ってくる。てきとうに返事をして、席に腰掛けた。


 隣の深森もすでに登校していた。いつも通り教科書とノートを整えて、静かに座っている。姿勢をただして座るその姿は教室の風景とよく同化していた。


「おはようございます」


 こちらに顔を向けた深森のあいさつが届く。教室の空気を乱さない、けれど聞こえないほどではない、落ち着いた声だった。


「…おはよう」


 なんでもないあいさつのはずなのに、彼女の顔を見ると昨日のことを思い出してしまい、声が淀む。


 そんな俺の心情には関係なく、あいさつを済ませて満足したらしい深森は、何事もなかったかのように顔の向きを直した。どこか置いてけぼりにされた俺は、少しだけ、そんな彼女から目を離せずにいた。


 **********


 一時間目は数学の授業だった。教科書に載った例題が黒板で解説されていく。教室にいるみんなが板書をノートに書き留めていく。俺も隣に座る深森も同じだった。彼女はいつも通り、音も立てず、大きな動きを見せることもなく、授業を受けている。だが、今日はいつもより、視界の端に映る回数が多い気がした。


 例題の解説を終えた教師が問題を解くように指示する。みんながノートにシャーペンを走らせ始める。…中には手を止めて頭を抱えている人もいるが。


 俺もそんなみんなの一人になって、ノートに向かって手を動かす。問題は例題と同じようにして、難なく解けた。教師の指定した時間までは余裕があるし上出来だろう。


 答えを書き終えて顔をあげたところで、また視界に深森が映った。彼女は俺よりも早くとき終えていたようで、姿勢を整えて椅子に座っている。視線は教科書に向いており、どうやら先を読み進めているらしい。教科書のページを捲る小さな音が、なぜだか耳に響いた。


 **********


 午前中の授業が全て終わり昼休みが訪れると教室は一気にざわめきに包まれた。机を動かして弁当を囲む集団や購買に昼食を買いに走る人、部活の昼練に急ぐ人。俺は自分の席で、弁当を片手にこちらにやってくる健斗を出迎えた。


 深森は自分の席に座ったまま弁当を取り出すと一人静かに食べ始めた。彼女はいつもそうだ。小さな赤い弁当箱だった。噂話や教師の愚痴に盛り上がる周りの声の中で、彼女の存在は小さく埋もれていくようだった。


「…っておい、聞いてるのか?」


 机の向かい側で椅子の向きを変えて座る健斗から苛立った声が聞こえた。ハッと注意を引き戻された俺は、いつの間にか視界の端に意識を向けていたことを自覚させられた。


「悪い、聞いてなかった」


 素直に詫びてみせると、健斗はため息をついた後、心配そうな顔を向けてくる。


「心ここに在らずってやつか、めずらしいな。調子でも悪いのか?」


「…いや、ちょっと疲れただけだよ」


 その答えに満足したのか、健斗は食べ終えた弁当を片付けると先ほどの話を繰り返し始めた。今度は俺にも彼の言葉が届いていた。


 **********


 午後の授業も気がつけば終わっていた。俺一人が多少集中できていないところで、時間は勝手に過ぎるらしい。特別何が起きるでもなく、ホームルームまで終わっていた。昨日と違い、今日は隣から合図が送られてくることもなかった。何の予定もないただの放課後だ。


 別に急ぐこともなくだらだらと帰り支度を進めていると、背後から女子の声が聞こえてきた。


「例のあれ、うちのクラスらしいよ」


「マジ?この教室に“いる”ってこと?」


「全然知らなかったー」


 視界の端で深森が少し肩を揺らした。言われなければ見逃してしまうほど小さな動きだったし、あるいは本当は微動だにしなかったのかもしれない。


 俺は唇を噛んでやり過ごすだけだった。


 いつの間にか隣に立っていた健斗が俺の顔を覗き込む。


「おい、帰ろうぜ。…どうかしたか?」


「いや、なんでもない」


「ふーん。ちなみに蓮はどう思う?」


 女子の集団にちらりと目をやりながら、健斗が問う。無邪気な問いかけに、心がざらついた。


「あんまり、そういうの言うなよ」


 言葉に滲む不機嫌さを隠すこともできなかった。


「…まあ、そうだな」


 健斗は何か思うところがあったのか、それきり口を閉ざした。取り出したスマホを眺めながら、俺の帰り支度を待っている。そんな彼の態度をありがたく思いつつ、先ほどまでよりも手早く荷物をまとめていく。


 荷物を持って机を離れる一瞬、隣の席が視界にはっきりと映った。何か声をかけたほうが良いのか、けれど何も言葉は思いつかず、俺は目を背けるようにして教室を後にした。

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