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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
2.ロッシュの不在と義姉クラリッサ

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(4)



「……え」


 あまりに衝撃的な言葉ばかりで、フィアナは理解が追いつかない。


「このままレオナルドの妻でいたら、あなたは二か月以内に死んでしまう。父の予言は怖いぐらいに当たるのよ。あなたは絶対に死ぬわ」

「死ぬ? 私が?」


 ぼんやりと繰り返したフィアナに頷きつつ、クラリッサは同情に満ちた目で見つめる。


「ごめんなさい、もっと早くあなたに注意できていればよかったのに。私もこの予言を知ったのがつい最近のことなのよ。でもまだ間に合うわ。離婚の手続きは私が手伝います。レオナルドは不在だけど、なんとか成立させてみせるわ。あなたは逃げなさい」

「逃げるって、なにから、ですか?」

「レオナルドからよ。弟はあなたの遺産を狙っている。王女殿下と再婚するつもりなのかどうかはわからないけれど、あなたとは遺産目当てで結婚したに違いないわ」

「お、お姉様まで、遺産目当てなんて言うの、やめてください。レオはそんな人じゃありません。私と結婚したいって言ってくれたのも、ヴェネラを咲かせる前のことです。何も持っていなかった私に、レオは」

「フィアナさん、だからね、レオの父親は予知能力者だったの」


 理解の追いつかないフィアナに、クラリッサは一言一言、ゆっくりかみ砕くように話す。


「父はもう死んでいるけれど、レオのために予言書を遺している」

「予言……」

「そうよ。そこには、あなたのことも書かれている」

「私?」

「あなたは結婚一年以内に死ぬ。遺産は莫大な価値を持つ。そのことを、レオは知っていたのよ」

「……」

「その証拠に、レオは結婚が成立するや否や、姿を消してるんでしょう? あの男にも罪悪感があるのかしらね。あなたが死ぬのを見ていたくないんでしょう。見捨てるのに心が痛むのかもしれないわ」


 嘘だわ、そう声にしたかったが、フィアナの唇は震えて動かなかった。


 レオナルドは愛していると言ってくれた。……でも、結婚してすぐに消えてしまった。

 一年待っていてほしいと言っていた。……フィアナが一年以内に死ぬ予言があるから?

 立派な屋敷と護衛、ロッシュを残してくれた。……それはフィアナを守るためではなく、逃げ出さないように見張るため?


「あ……」


 唇だけではなく全身が震えだす。

 レオナルドが黄色のヴェネラ目当てで結婚したなら、すべてに辻褄があってしまう。

 結婚してすぐにいなくなってしまった理由も、一年にこだわっていた理由も、わからなかったことすべてに説明がついてしまう。


(でも、違う。レオナルドはそんな人じゃない)


 フィアナはぎゅっと手を握り締め、自分の中から気力と勇気を振り絞る。


「レオは、お金持ちです。私のヴェネラなんて」

「黄色のヴェネラは特別なものよ。この国だけではなく、外国の王族も黄色のヴェネラが欲しいと押し寄せたでしょ? 対価などいくらでも払うと、彼等は言ったはず。値段などないの。逆に言えば、黄色のヴェネラはお金で買えないものを手に入れられる。王女の婿にもなれるわ」


 不意にぎゅっと手を握られ、フィアナはびくりと慄いた。

 いつの間にかクラリッサがフィアナの隣に移動してきていて、手を握っていた。

 目を開けると驚くほど近くにクラリッサの顔がある。

 同情に満ちた優しい目が、まっすぐにフィアナを見つめていた。


「あと二か月であなたが死ぬ運命なのは、離婚しても変わらないかもしれない。でもこのままだったら、あなたが大切に咲かせたヴェネラは、弟のものになってしまう。あなたが死ぬのを待っている、あの卑怯な男のものになるのよ。それを使って王女殿下と再婚するつもりなのか、どこかで豪遊するつもりなのか知らないけど、そんなのは悔しいでしょう? 離婚して遺言状を書くべきよ。花を遺したい人はいないの?」

「ゆ、遺言……」


 唖然とフィアナはただ繰り返した。

 頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで、考えも気持ちも整理できていない。

 だが目の前のクラリッサは興奮状態で、フィアナに答えを促してくる。


「お、恩師に」


 何かを遺したい人と言われて思い浮かぶのは、レオナルドの顔だけだった。

 彼以外と考えれば、捨て子だったフィアナを拾って育ててくれた、孤児院の院長ぐらい。

 学問の基礎を教えてくれたのも、植物学をすすめてくれたのも院長で、今の研究所を紹介してくれた。

 黄色のヴェネラを咲かせたと聞いて、フィアナに祝福の長い手紙を送ってきてくれた。

 花を欲しがらず、ただ喜んでくれたのは、院長ぐらいだった。


「でも、今は帝国に住んでいるので、花を遺せるかどうか」


 高齢のために孤児院の院長を辞め、娘夫婦の住む隣国のブロス帝国で暮らしている。

 リジエラ王国は貴重な黄色のヴェネラを、外国に持ち出させはしないだろう。


「正式な遺言状なら遺せるわ。大丈夫。それも私が手伝うから、遺言状を書いてね」

「は、はい」

「すぐによ。私は離婚と遺言の手続きをすすめておくわ。それから、あなたはレオの屋敷を出たほうがいい。レオとは完全に縁を切ったほうがいいわ。外国に行くのはどう? 帝国に行って恩師と会うとか。私が手配してあげるから、せめてあと二か月は環境を変えるべきよ」


 クラリッサは痛いぐらいの力で、フィアナの手を握ってくる。

 同情というより、レオナルドに対する怒りに火がついているという感じだった。

 絶対にフィアナを利用させたりしない、思い通りになんてさせないという気迫がこもっている。


「あの、少しだけ、考えさせてください」

「でも、時間がないのよ」


 このままフィアナを連れ出しそうな勢いのクラリッサに、フィアナは必死に首を横に振る。


「初めて聞くことばかりで、まだ混乱しているんです。せめて一晩、待ってください」


 クラリッサも自分の強引さを自覚してはいたのだろう。

 遺言状だけでも書いておくべきだと言いながら、また明日会うことを約束して、クラリッサはようやく帰っていった。




 クラリッサが帰ってから、フィアナは自分の研究室に閉じこもった。

 突然やってきたレオナルドの姉の話は、とてもすぐには信じられるものではなかった。

 しかも、フィアナに残された時間はたった二か月らしい。

 時間がないと、フィアナの手を引いて走り出しそうだったクラリッサの焦りが、フィアナにも伝染して、気持ちばかり空回りする。

 ゆっくりじっくりクラリッサの言葉とレオナルドの行動を検証したいのに、思考に集中することもできず、ただぼろぼろと涙が零れ落ちた。


(泣いてちゃ、駄目だ。考えないと)


 ハンカチを目に押し当て、フィアナは必死に呼吸を整える。


 先代のハーヴェイ伯爵が予知能力を持っていたのは間違いないだろう。

 次々に投資をあて、巨額な財産を築いたのがその証拠。

 王家は知っているとクラリッサも話していた。

 そういえば昨日のお茶会で、レオナルドがフィアナと結婚したのは花を咲かせることを知っていたからではないかと、誰かが言っていた。

 その時はとんでもない言いがかりだと思ったが、王妃に近い貴族夫人も予知能力のことを知っていたからの発言だったかもしれない。


(レオは本当に財産目当てで私と結婚したの?)


 だが、レオナルドはお金に全く執着していなかった。

 屋敷をぽんと買い、研究所に寄付をして驚いたが、それまでレオナルドが大きな買い物をしているところを見たことがない。

 身に着けるものも、食べるものも、ごくごく庶民的な人だ。


 権力に執着するのなら、爵位を姉に譲ったりしなかっただろう。

 父親の予知どおりに動いて、王女様と結婚をしたはずだ。

 今更どうして黄色のヴェネラを欲しがったりするのだろうか。


『レオナルドは王女殿下との再婚が決まるの。黄色のヴェネラの権利を持つレオナルドとの結婚を、王家が希望するからよ』


 クラリッサの言葉がふと思い出される。

 レオナルドは王女との再婚を望んでいるのだろうか。

 一度は逃げ出したけれど、やっぱり結婚したいと思いなおしたのだろうか。


 王宮に呼ばれた時、フィアナは一度だけ王女を近くで見たことがある。

 艶々で輝くような金色の髪に、陶器のような白い肌の、驚くような美人だった。

 あんなに綺麗で身分の高い女性ではなく、身分もなく孤児で美しくもないフィアナとの結婚を望むなんてあり得るだろうか。


「あり得ない。やっぱり、あり得ないよね」


 おかしいと思ったのだ。

 レオナルドはいつも人に囲まれている人気者で、キラキラしていて、フィアナとは住む世界が違う。

 それなのに、なんの取柄も魅力もない自分に声をかけてきて、守ってくれて優しくしてくれた。

 どうしてって、いつも考えていた。


 結婚してすぐに姿を消して、心のどこかでやっぱりって感じていた。

 でも、一年だけって期限を切るし、ロッシュを呼んでくれて、屋敷の警備を増やして……守られてるって感じていたから。


「ヴェネラの権利なんて、レオが欲しいって言えばあげたのに」


 フィアナでは持て余してしまうから、喜んでプレゼントしたのに。

 一年で死ぬとわかっていて、……いなくなってしまうなんて。


『あなたが死ぬのを待っている、あの卑怯な男のものになるのよ』


 あと二か月、レオナルドはフィアナが死ぬまで帰ってこないつもりなのだ。

 レオナルドにとって、フィアナは命を救う価値すらない存在だということ。

 死ぬとわかっていて放置しているのは、消極的な殺人なのではないだろうか。


「待って。私、急ぎすぎてるよ、絶対」


 ふるりと頭を振り、どんどん進んでいく思考にストップをかける。

 レオナルドは、死ぬとわかっているフィアナを見捨てるような人だろうか。

 少なくともフィアナの知っているレオナルドは、そんな冷たい人じゃない。

 こんな一方的に、レオナルドを自分勝手な悪者に仕立て上げ、自分を納得させるのはよくない。

 フィアナは涙をぬぐい取り、呼吸を整えようと胸に手を当てる。


 クラリッサはレオナルドに対してあまりに否定的だった。

 彼に対する偏見があるから、何もかも悪いように解釈している可能性がある。


「……ロッシュ、いつ帰ってくるんだっけ」


 ロッシュの意見は、クラリッサとは違うかもしれない。


 レオナルドに直接留守を頼まれたと言っていた。

 もしかしたら、詳しい事情を聞いているかも。

『クラリッサ様の解釈はちょっと違ってますよ』と言って、いつものようにフィアナを安心させてくれるかもしれない。


 ロッシュから話を聞くまで、クラリッサにはどんな返事もしない。

 レオナルドに裏切られた、見殺しにされたと叫びだしそうな自分を抑えながら、フィアナは必死に自分にそう言い聞かせた。





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