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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
2.ロッシュの不在と義姉クラリッサ

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(3)



 翌日。

 研究所内の自分の研究室にいたフィアナは、来客の知らせを受けた。


「クラリッサ・ハーヴェイ……、もしかして、レオのお姉さま?」


 渡された名刺に書かれた名前を、フィアナは何度も見返してしまう。

 何度見ても間違いない。レオナルドのたった一人の姉、ハーヴェイ伯爵家の総領娘にして、伯爵位を継いだ女伯爵。


 二人きりの姉弟だというのに、あまり仲は良くない。

 レオナルドは姉の悪口を言ったことはないし、家族の一人としてごく普通に対応しているのだが、姉のクラリッサのほうが一方的にレオナルドを嫌っている。

 結婚式にも姿を見せなかったし、二人が揃って領地まで行っても会ってくれなかった。

 それが今、わざわざ会いに来ているという。

 結婚して十か月もたつ今になって、なぜと思った。


 わからないまでも、フィアナは緊張して急いでクラリッサの待つ応接室に向かう。

 クラリッサは伯爵だ。失礼がないように、所長のマルタが応接室でもてなしてくれていると聞いて、フィアナはますます緊張してしまった。


「遅くなりました。フィアナです、ハーヴェイ伯爵様」


 応接室は、この研究所で一番豪華な内装の部屋。

 高価そうな肘掛け椅子に美しい姿勢で腰かけていたクラリッサは、フィアナの姿を認めてすっと立ち上がった。


「突然の来訪、申し訳ない。私はクラリッサ・ハーヴェイ。あなたの夫レオナルドの姉です。はじめまして」

「はじめまして、クラリッサ様。ご挨拶が遅くなり、本当に申し訳ありません」

「謝るのは私のほうです。さあ、座ってください」

「ありがとうございます」


 クラリッサは優しげな笑みを浮かべ、フィアナに座るように促してくれた。

 対面に座っていた所長のマルタには、丁寧だが確固たる態度で、義妹と二人きりで話があるので席を外すように言う。

 女伯爵と仲良くなりたいマルタは、横目でフィアナを睨みつつ、クラリッサの言う通りに応接室を出て行った。


「やれやれ、噂には聞いていましたが、あの所長は学術研究を志すには少々俗世に染まりすぎなようですね」


 返事に困ったときは曖昧な笑みを浮かべておく、というレオナルドの教えを忠実に守りつつ、フィアナは内心とても驚いていた。

 レオナルドを毛嫌いしているような姉のクラリッサは、もっと怖い人か、孤児のフィアナを家族と認めたくない高慢な人だと思っていたのだ。

 だが、マルタの批判をさらりと口にし、それを聞いて驚いているフィアナの顔を見て、にやりと口の端を上げる様子は、どこか弟のレオナルドを彷彿とさせた。


「まず、あなには謝罪を。結婚式後、すぐ会いに来てくださったというのに、会うことができず、申し訳ありませんでした」


 座ったままとはいえ、女伯爵に深く頭を下げられてしまい、フィアナは慌てる。


「そ、そんな! あの、顔を上げてください、クラリッサ様。こ、困ります」

「あなたには怒る権利があると思う」

「怒ってなど! ただ、少し、残念だっただけで」


 姉の一家が不在なのは自分のせいだと、レオナルドは言っていた。気にしないようにとも。

 だがフィアナには、自分のせいだとしか思えなかった。

 ハーヴェイ伯爵家は歴史もあり、経済的にも潤った、国でも有数の貴族家。そんな家に平民孤児の自分が受け入れてもらえないのは当然だとわかっていても、とても残念だった。


「私はあなたのことが好きだよ、フィアナさん。とても苦労され、努力なさっただろう。あの腑抜けな弟には勿体ない女性だ」

「ふ、腑抜け、ですか」

「腑抜けで怠惰で、あれでは奴に才能を与えた神もお怒りだろうと、私はずっと思っていたのですよ」

「は、はあ……」

「私は弟のレオナルドが昔から嫌いです。弟は、あなたが思っているような男ではありません。それをお話しし、弟からあなたを救うために来ました」

「は、はい……?」


 これから話すことは、他言無用ですと前置きして、クラリッサはハーヴェイ伯爵家のとんでもない秘密を話し出した。


「私の父、前のハーヴェイ伯爵は、予知能力者でした」

「……予知、ですか」

「はい。大変に優秀な予知能力者でした。勿論、家族だけが知る秘密です。家族以外で知っているのは、この国の王家ぐらいでしょう」


 この世界には特殊な能力を持つ人が存在する。

 女神ヴェネラ、もしくは女神の子である精霊たちに気に入られ、与えられた特別な能力だと言われている。そのため、加護を貰ったと表現することが多い。

 多くは物心つかない幼子の時に能力が顕現するのだが、その能力は千差万別。

 雨が降り出しそうになるとわかるとか、あまり暑さ寒さを感じないとか、有益とはいえないちょっとした能力がほとんどだ。

 それでも女神や精霊からの贈り物。特別なものだと、与えられた特殊能力のことを言いふらす者はほとんどいない。それもあり、特殊能力がどんなものなのか、よくわかっていなかった。


 予知能力は、特殊能力の中でも広く知られているほうだろう。

 一昔前、競馬好きの予知能力者が、競馬の結果を予知して賭けをして勝っていたことが問題になり、競馬場を出禁になったという事件があって広く知られるようになった。

 予知と言っても、そのほとんどはたわいないもの。明日の天気、失せ物がどこから出てくるか、勝負にどちらが勝つか、それがわかる程度。

 しかも、知りたい未来を選んでみることはできないとも言われている。


 植物と意思疎通ができるフィアナも、特殊能力者の一人。

 勿論、秘密にしている。知っているのは、レオナルドと育ての親でもある恩師だけだ。


「私の父の予知は怖いぐらいに当たったの。しかもすごく細かい予知ができたのよ。父は野心家でもあってね、自分の予知能力を利用して伯爵家を発展させたわ。それでも満足できず、自分が国王になる未来を探し始めた。でも、見つからなかった。では自分の子供ならと、王族になれる子供の未来を探し始め、その子供を産める女性を見つけて私の母と結婚し、レオナルドが誕生するのを待ったのよ」


 すぐに理解できず、フィアナはぽかんとなってしまう。

 とても現実とは思えない話だった。


「父の見た未来の中で、最も権力を持てる子供がレオナルドだった。レオを産める女性、私の母を見つけ出して結婚した、ということよ。レオナルドはマリアベル王女殿下と結婚する未来があるそうなの」

「!」


 マリアベル王女は、現国王の長女。

 すでに外国の王族に嫁いだのだが、相手の王子が早世し子供もいなかったことで、帰国してきている。

 年齢は確か、レオナルドと同じ二十二歳。


「父がレオナルドに爵位を継がせなかったのは、王女殿下の婿にだすつもりだったからよ。国王陛下もレオナルドを婿に迎えて、王太子殿下の側近にするという父の提案を気に入っておられた。だから私の女伯爵を認めてくださったわけだけど、父が亡くなった後、レオナルドは王女殿下との結婚を断ったの」

「こ、断れるんですか?」

「正確には逃げた、ね。王女殿下の婚約者が正式に決まる前に父は亡くなってしまったから、レオナルドはそれを理由にして、婚約者候補から降りたのよ。後ろ盾が弱いからだの、父の予知が間違っていただの、ありとあらゆる言い訳と嘘を並べ立ててね。あの男、そういうのが得意なの、あなたも知っているでしょう?」

「……は、はい」


 レオナルドは頭がよくて弁がたち、度胸もある。

 その場で思いついた嘘でも、十年前から考えていましたという顔で重々しく言うなんてことも、あっさりやってのける。


「今の王太子殿下が国王になられるとき、レオナルドは義理の兄として、そして宰相としてそばに立ち、大きな権力を握る。父が予知して叶えたかった未来よ。レオナルドにはそれだけの能力もあると思うわ。でもね、あの弟は腑抜けで怠惰なの。おまけに、父のことが大嫌いで、どうにかして反抗してやろうといつも考えていた。そんな弟が、大きな権力はあっても激務な宰相になりたいなんて思うわけがなく、父の予知した通りに王女殿下と結婚するはずもないのよ!」


 やはり、クラリッサは弟レオナルドに対する嫌悪感が強いようだった。

 だからといって、レオナルドのことを全くわかっていないわけではないと、フィアナは感じた。

 例えば、レオナルドが怠惰であるというクラリッサの意見は、間違いではないのかもしれない。

 レオナルドは常に自分の能力半分ぐらいで生きるのが好きで、ゆるく楽に人生を楽しむ人だからだ。

 そんなレオナルドの生き方を、怠惰だと怒るか、余裕を持っていて付き合いやすいと思うかは、見る人の価値観の問題だろう。


 フィアナはそんなレオナルドも好きだ。

 余裕を持っている分、度量の広さを感じてそばにいて安心する。

 レオナルドは困っている人に気軽に手を貸すし、疲れている友人に寄り添える。フィアナを甘やかせることを生きる目的にしていると、大真面目な顔で言ったこともある。


 クラリッサは、会ったばかりだが、真面目できちんとした女性のように思える。

 いつも自分のできる精一杯の努力をしているのだろう。女伯爵なんて特別な爵位、それぐらいの努力がなければ保てないのかもしれない。

 だからこそ、力半分で楽々と生きているように見える弟が気に入らないのだろうか。

 レオナルドならもっとできるのにと、もどかしく、腹立たしいのかもしれない。


「え、えっと、あの、私はレオがそういう人だと知っています。わかっていて、結婚しているので」

「待って、本題はこれからなのよ。今までのは前置き」


 ぬっと手を前に突き出し、フィアナの言葉を遮ると、クラリッサはふうと吐息をつく。

 きちんと座りなおし、少し冷えてしまったお茶を一口飲んで落ち着きを取り戻した。


「……父はね、弟に多くの予言を遺しているの。それはもう、大量だそうよ。多くは王女殿下と結婚してからの政治に関してだそうだけど、あなたについての予言もあるのよ、フィアナさん」

「私、ですか」


 頷くと、クラリッサはぐっと体を前に出してフィアナに近づき、少しだけ声を落とした。


「あなたは結婚して一年以内に死ぬそうよ」

「……」

「あなたの持つ権利、間違いなく黄色のヴェネラね、これがあなたの死後、レオナルドの物になる。そして、レオナルドは王女殿下との再婚が決まるの。黄色のヴェネラの権利を持つレオナルドとの結婚を、王家が希望するからよ。フィアナさん、あなた今すぐレオナルドと離婚しなさい」



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