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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
2.ロッシュの不在と義姉クラリッサ

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(1)


 四日後。

 フィアナは王妃主催のお茶会に参加していた。

 二日前に招待状が届き、あまりに急な招待に困惑したが、欠席する選択肢はなかった。


 リジエラ王国は黄色のヴェネラを欲しがっており、フィアナとつながりを持とうと必死だ。花を咲かせてから何度目かの招待になる。

 だが、本来なら王宮に足を踏み入れる資格もない平民孤児なフィアナを、特別に招いているのだというのをわからせるためか、さりげない嫌がらせを忘れない。


 一度目の招待では、茶会のテーマであるピンクをどこかに身に着けるという約束を伝えられず、ピンクなしだったフィアナは恥をかかされた。

 今回は招待状が二日前に届いたため、新しいドレスの準備が間に合わないところだった。

 なんとかなったのは、レオナルドが雇ってくれたメイド頭のおかげだ。


 メイド頭は貴族家での職歴が長い仕事のできる人で、レオナルドがフィアナのために好待遇で引き抜いてきた。

 とても感じのいい人で、おどおどするばかりのフィアナに、大人の女性として知っているべきこと、やるべきことなど、まるで母親のように教えてくれる。


 フィアナが貴族の招待を受けるようになり、急いでマナー教師を手配したり、必要なものを用意してくれたのだが、初回お茶会のピンクまでは気が付けなかった。

 深く反省し、やる気に火をつけられたメイド頭は、それ以後、自分の持つありとあらゆるコネを総動員して、完全な準備をしてくれている。

 彼女が居なければ、フィアナは王宮で大恥をかいて笑いものになっていただろう。


「春になるのは嬉しいですけど、ヴェネラの季節は終わってしまいましたね」


 お茶会の中盤、王妃がおもむろに話題を変更してきた。

 ついに来たと、フィアナは心の中で身構える。

 テーブルにいるのはフィアナの他に四名。王妃を含め高位貴族の貴婦人ばかり。

 年齢もフィアナ以外は全員四十代以上で、年齢も身分も接点が全くないフィアナは、お茶会が始まってからこれまでまったく発言もなく、にこにこ頷いていただけだったのだが。

 やはり、空気のままでは帰らせてもらえないらしい。


「私、生れて初めて本物の黄色いヴェネラを見ましたわ。感動いたしました」


 どこかの侯爵夫人が言い、にこりと完璧なほほ笑みをフィアナに向ける。


「フィアナさん、今度の冬はどれぐらいヴェネラを咲かせられそうかしら」


 王妃に名指しされ、フィアナは思わず姿勢を正してしまう。

 すでに緊張して固まっていたので、正すまでもなかったのだが、気持ちの問題だ。


「はい、去年よりは多く咲かせられると思います」

「王宮の庭に咲かせてほしいとお願いしているのだけれど、今年はどう?」

「……今年は無理かもしれません。申し訳ありません」


 王妃の顔がこわばるのがわかったが、フィアナも簡単にできますとは言えない。


「お、王宮は、ヴェネラにとって暖かすぎるのです。ですので……」


 視線が痛くて、フィアナの言葉はしりすぼみに消えていく。


「あなたのヴェネラは暑さに強いと聞いたのだけど」

「そうなのですが、それでも……」


 ヴェネラは寒さを好むため、暖かいところでは咲いてくれない。

 王宮中庭の日の当たる花壇などに植えられてしまっては、夏の暑さに耐えられず枯れてしまうだろう。


「王妃様、申し訳ありません」


 王妃の気持ちは、フィアナにもわかる。

 黄色のヴェネラは女神が王権を祝福した証とされているため、王宮内で豪勢に咲かせたいと思うだろう。他の国からも同じ依頼がいくつも来ている。

 だが本来、ヴェネラはお城の中よりも屋外、自然の中で咲く花。

 無理に王宮に持ち込めば、また枯れてしまい、ヴェネラは絶滅してしまう。


「いいえ、いいのよ。私が無理を言いました」


 今現在、黄色のヴェネラの種を持ち、育てられるのはフィアナだけ。

 無理を言ってフィアナの機嫌を損ねるのは得策ではないと判断したのだろう、王妃は口調をゆるめ、にっこりとほほ笑んだ。

 他の貴婦人たちも王妃を習い、誰もフィアナを責めてはこない。


 だが誰も目が笑っていないのだ。

 心の中ではフィアナを罵倒しているのだろう。

 平民風情が王妃の依頼を断るのは何事だと、腹を立てているのをひしひしと感じてしまった。


「申し訳ありません。少し席を外します。失礼します」


 居たたまれなくてたまらず、フィアナは席を立つ。

 後ろに控えている侍女の一人がさっと近づいてきて、フィアナを化粧室に案内してくれた。


(平民の孤児なんかにニコニコしなくちゃならないの、すっごくストレスなんだろうな)


 フィアナだって、とても居心地が悪い。

 自分が王妃や貴族に気を使ってもらえるような人種でないことなど、よくわかっている。


(私をお茶会に誘わなければいいのに)


 きっと王妃だって誘いたくはないのだろう。

 黄色のヴェネラを手に入れるためだと、周囲に頼まれているに違いない。


 ふうと、フィアナは長いため息をつく。


(レオがいてくれたらな……)


 伯爵家出身のレオナルドは、普段はあまりお上品とは言えなかったが、隠しきれない品の良さがあった。

 所作は綺麗だったし、マナーも完璧、度胸もあるから王族の前でも緊張することがない。

 とても社交的で、常に楽しい話題をいくつも持っていた。今人気のお菓子のこと、流行りのファッション、誰かと誰かのちょっとした恋バナまで。

 フィアナは大勢の人と会話をすることが苦手だが、レオナルドが一緒にいると会話を楽しむことができた。


「おどおどして、本当にみっともない」

「仕方がありませんわ。このような席にいることがそもそも間違いなのですから」

「王妃様も大変ですわね」


 化粧室からの帰り、廊下を歩いていると、お茶会の女性たちの会話が聞こえて来た。

 フィアナは思わず足を止めてしまう。


「レオナルド殿も、なぜあんな貧相な娘と結婚なさったのか」

「花が目当てに決まっているではありませんか。……あの方、あの娘が花を咲かせることをご存じだったのでは」

「どうかしら。でも、そうとしか思えないわね」

「まあ、さすがハーヴェイ伯爵家の方々は投資上手で」

「それで結婚が成立するとすぐにいなくなるなんて、正直すぎますね」


 おほほとあがる笑い声は上品だが、その内容はひどい。

 黄色のヴェネラが咲いたのは結婚後で、レオナルドは勿論、フィアナにだって咲くことは予想できなかった。予知能力者でもなければ、わからなかっただろう。

 ヴェネラ目当てでレオナルドが結婚をしたなんて、言いがかりもいいところだ。


「王妃様、接待するならあの娘ではなく、レオナルド殿がよろしいんじゃありません? 夫である限り、あの方も花を自由にできるではありませんか」

「まあ素敵。レオナルド殿とお茶会をしてみたかったんですよね」

「あの方、今どこにいらっしゃるの? 噂ばかりで、麗しいお姿を拝見していないわ」

「どこぞの未亡人と情事にふけっているとか、南の投資家の娘と遊びまわっているとか。ふふ、やりたい放題ですわね」

「身分違いの妻は文句も言えないなんて惨めだわ」

「あんなみっともない妻ではねぇ」


 足を止めたままのフィアナを、案内している侍女が振り返る。

 フィアナと同年代と思われる侍女は、どうしたらいいのかとても困っている様子だった。

 侍女と言っても、王妃の侍女となれば貴族の娘。フィアナがなぜこのお茶会に招かれているのか、王妃がフィアナの機嫌を取ろうとしていることも、きちんと理解しているのだろう。

 迷っていたが、急いで戻って悪口を止めようと決めたのだろう、侍女は大股で歩き出そうとする。その腕をつかみ、フィアナは引き留めた。


「失礼とは思いますが、私はこのまま退席してもよろしいでしょうか」

「え、あの、それは」

「本当のことばかりですので、気にしていません。ただ、このまま戻っても、気まずいだけですので」

「……では、ご気分が悪くなったということにしてもよろしいでしょうか」

「はい。よろしくお願いします」


 フィアナを見る侍女の目には、少しだけ憐憫の色があった。

 通りかかった近衛騎士に事情を話し、待機しているフィアナの馬車を呼び寄せ、フィアナを馬車まで案内するように指示してくれる。

 彼女の仕事とはいえ、優しい対応に感じた。

 近衛騎士もレオナルドの元同僚ということで、フィアナを気遣ってくれる。

 お茶会の陰口に傷ついていたフィアナは、小さな優しさや気遣いにほっとした。


 誰もが悪人だというわけではない。

 この王宮においてはフィアナのほうが異分子で、周囲を不快な気持ちにさせてしまっているのはフィアナのほうなのだ。

 仕方がないと、深く息をつく。

 王宮の馬車寄せで馬車を待ちながら、予定よりもずっと早くお茶会から解放されたことを喜ぼうと、フィアナは気持ちを切り替えようとしていた。


「あら、王宮にみすぼらしい女がいるわ」


 悪意のこもった言葉に、フィアナはびくりと体をすくませる。

 そっと首を巡らすと、着飾った若い令嬢が二人、少し離れたところからフィアナを見ていた。


「平民の孤児が、似合わないドレスを着て」

「ふふ、畑にいるのがお似合いよねえ」

「レオナルド様と結婚できたから、貴婦人気取りなんじゃない?」

「ああ痛々しい。勘違いってイヤね。結婚できたのは花のおかげでしょ」


 フィアナはきゅっと目を閉ざし、令嬢たちから顔を背ける。

 耳もふさいでしまいたかったが、それがとてもみっともない行為だということはわかる。

 聞こえないふりで、知らん顔をしていようとするが、ふるふると指先が震えてきた。


「レオナルド様も正直よね、結婚誓約書にサインした途端、他の女のところに行くんだから」

「帝国の女だって聞いたけど、知ってる?」

「ええ、帝都でレオナルド様を見かけたって方がいるのよ。綺麗な女性と腕を組んで歩いていたんですって」


 とても無視を続けられず、フィアナは令嬢たちに視線を向けてしまった。

 きっと青ざめて打ちのめされた顔をしていたのだろう。

 令嬢たちはフィアナの顔を見て、少々品悪く声を立てて笑い出した。




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