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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
0.レオナルドの予言書

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(1)


 レオナルドが父の予知能力を恐ろしいと感じたのは、六歳のときだった。


「王妃殿下からの招待だ。王女殿下と会うのだから、身だしなみはきちんとな」

「ですが、父上、その日は領地に帰ることになってます」

「予定は変更されることもある」


 だが、幼いレオナルドには納得できなかった。

 その日に出発しなければ、領地でのお祭りに遅れてしまう。

 六歳になったら祭りの屋台に行ってもいいと、去年お許しをもらい、ずっと楽しみにしていたのだ。


「ロッシュと一緒の馬車に乗れると思ったのに」

「またの機会にしなさい」

「どうしても、駄目ですか?」

「どうしてもだよ」

「わかりました……」


 レオナルドは聞き分けのいい子供だった。

 だが、ほんの少し成長したレオナルドは、生来の賢さもあり、父の言いつけを守らずに自分の自由にするという楽しさを知り始めていた。


 どうしてもその日に領地に帰りたかったレオナルドは、母親のメイドの息子で、兄弟のような関係のロッシュにお願いをした。


「荷物にレオを? そんなのバレたら大変だよ。大騒ぎになっちゃうって」

「だいじょうぶ。ロッシュは僕に水を差し入れしてくれない? 領地のお屋敷まで、ずっと荷物の中に隠れとくからさ」

「レオ、絶対怒られる」

「怒られてもいいよ。お祭りに行くんだもん」


 怒られたらお祭りに行かせてもらえないかもしれないというのは、まだ幼くて思いつかなかった。

 幼いレオナルドは、父親に真っ向から反抗すること、箱の中に隠れるという冒険のことで頭がいっぱいだった。


 出発の日、レオナルドはこっそりと荷物の中にもぐりこんだ。

 都合よく、クッションがたくさん詰め込まれている大きな箱があり、レオナルドが入っても蓋ができる程度に隙間があった。

 パンやお菓子をたくさん抱え、レオナルドはいざ冒険へと旅立った、つもりだったのだ。


「おはよう、レオ。冒険は楽しかったかい?」


 いつの間にか眠っていたレオナルドは、父に肩を揺さぶられて目を覚ました。

 驚いて声も出ないレオナルドを、父の従僕が箱の中から抱えだす。


「着替えをする時間だよ。さあ、急いで」

「ちちうえ、ここは」


 聞くまでもない。レオナルドが入った箱は、王都の屋敷前に止まった馬車の中にあった。


「痛い思いはしなかったね? アザがないか、着替えるときに気を付けてくれ」


 レオナルドを着替えに連れて行こうとするメイドに、父は当たり前のようにそう言いつけている。

 箱の中にクッションが詰め込まれていたのは、馬車の振動で箱にぶつかって怪我をしないためだったのだと、レオナルドは気が付いた。

 要するに、父は最初からレオナルドが馬車の荷物の中に入って冒険に出ることを予知で知っていて、先回りして手を打っておいたのだ。


「今日のお茶会は重要だ。念入りに準備しなさい、レオナルド」

「……わかりました」


 父はレオナルドの冒険を怒りもしなかった。

 息子の些細な反抗など、父にとっては痛くもかゆくもない。

 冒険に出たつもりだったレオナルドは、父の手のひらの上でいつもと少しだけ違ったことをしただけなのだと、思い知らされた。




 予知能力を駆使して父が目指しているのは、王女殿下とレオナルドの結婚だということは、四歳ぐらいから気が付いていた。

 王女の弟である王太子が王位についた時、王の義兄としてレオナルドが執務の補佐をして実権を握る。それが父の描く理想の未来だと、八歳の時に気が付いた。

 理想の未来実現のため、父はレオナルドを厳しく育てた。

 レオナルドは王女の婿に相応しい優秀な男に育ったが、王女と結婚することも、王国の実権を握ることも、興味がなかった。特に、王女のことは好きになれず、結婚したいと思ったことは一度もない。

 幼い頃は、王女に会いたくなくて、どうすれば王宮に行かずにすむか、そればかり考えていた。


 王女に嫌われてしまえば、もうお茶会には呼ばれないと、幼いレオナルドは考えた。

 お茶会で王女に悪口を言ったり、お茶をドレスにかけて嫌われてやろうと思ったのだが、王族に無礼な真似をすればレオナルドだけではなく伯爵家が罰せられる。

 王族は高慢で残虐な人ばかりで、レオナルドが幼くても容赦なく罰してくる。

 兄弟のように育ったロッシュを筆頭に、レオナルドは伯爵領の人々が大好きで、彼等に自分のせいで悪い影響を与えるのがいやだった。


 なので、レオナルドの抵抗は、お茶会を欠席する方向に限定された。

 王女のお茶会は、婚約者候補を複数人呼んで開催されるので、欠席し続ければ遠回しな意思表示にもなる。

 だが当然、父はレオナルドの欠席を許しはせず、あの手この手で逃げ出そうとするレオナルドを、そのたびに先回りして捕獲した。


 七歳の時、お茶会の日に一日家出を成功させたことがある。

 お茶会が始まる時間を森の木の上でむかえた時、レオナルドはとても嬉しくて達成感にひたったものだ。

 だが、お茶会の翌日、意気揚々と帰宅したレオナルドを待っていたのは、笑顔の父親だった。


「やあ、おかえり。気が済んだかい?」

「帰りました、父上。お茶会を欠席してしまい、申し訳ありませんでした。つい遊びに熱中してしまって」

「気にすることはない。お茶会には今からでも間に合う」

「え? それは、昨日だった、んですよね?」

「今日に変更になった。さあ、支度を始めなさい」


 日付が変更になることを知っていたので、あえて家出は見逃されたのだ。

 呆然となったレオナルドは、そのままメイドたちに運ばれるように自室に連れ戻された。

 喜びが大きかっただけに、レオナルドの絶望は深く、しばらくは反抗する気力さえなくなったほどだった。


 周囲の大人に手助けを求めたこともあった。

 レオナルドが父から逃げ回っていることをよく知っていた母は、何度か逃げるアイディアを一緒に考えてくれた。だが、父は母の考えもお見通しだった。

 屋敷の使用人たち、伯爵領内の人々は、屋敷の主人で領主である父に、逆らおうとはしなかった。誰もレオナルドの味方をしてくれず、逆らうのはよくないと諭されるばかり。

 父の共同経営者だった若い男には、何度も助けを求めて懇願したものだ。とても賢く物知りで、伯爵の父と対等な立場だった男に知恵を借りられればと思ったのだが、彼はレオナルドと父の対立を面白がって見ているだけで、一度も手助けはしてくれなかった。


 結局、レオナルドが父から解放されたのは、十三歳の時。父が病死したからだ。

 天才的な予知能力者も、不治の病には勝てなかった。

 だが、自分が死ぬことを知っていた父は、レオナルドの将来について、詳細な予言書ともいえるものを遺した。


「そんなものは絶対に見ないと思っている顔だな」


 病床の父は、枕元に座る息子の顔を見て苦笑を漏らした。


「どこにあるのかは、お前の母親だけが知っている。お前が本気で見る気になった時にだけ、教えるように言ってある」


 さっさと燃やしてしまおうと思っていたので、レオナルドは心の中で舌打ちした。


「お前が王家の一員となり、幸せを感じている未来は間違いなくあるのだが。人の心は難しいな」

「私の心は、私だけのものです」

「お前の心をうまく導けなかったことだけが、心残りだよ」


 将来、気持ちが変化して、王家の一員になりたいと思う日が来たら予言書を見なさいと言い残し、レオナルドの父は亡くなった。


 九年前のことだ。







 そして、現在。


 幾重にもほどこされた封印は、レオナルドが触れるだけですべて解除された。

 父が大金をかけて魔法使いを呼び寄せ作らせた、特別な封印。

 レオナルドの訪れだけを待っていた部屋の扉を、初めて開く。


 大きな部屋とはいえないが、部屋の中央に執務机と椅子があっても、自由に歩き回れる程度の広さがあった。

 特筆すべきは、壁の三方が床から天井までの巨大な本棚になっていることと、手に取りやすい高さの棚にぎっしり本が詰め込まれていることだろう。凄まじい圧迫感だった。


「一冊じゃないのか……」


 薄い本ばかりだが、百冊近くありそうだった。

 レオナルドは近くの本棚へと歩み寄る。

 本棚に詰まっている本は、すべて同じ背表紙だ。色も厚みも同じ。だが近くに寄ってよく見ると、背表紙に数字が書き込まれていた。


 レオナルドは部屋の中をぐるりと一周し、すべての本の背表紙に数字があるのを確認した。

 そして最後に部屋の中央にある執務机に近づくと、机の上に本が一冊だけあることに気が付いた。

 手に取ってみると、それは本の表紙と同じデザインの紙ばさみだった。

 中には厚みのある紙が二枚。最初の紙には『目次』と書かれていた。


「几帳面な親父らしい」


 二枚目の紙は、まさに目次だった。

 この部屋にある大量の本の目次。そして、レオナルドの人生の目次だった。


1.レオナルド14歳

2.レオナルド15歳(騎士学校に入学した場合)

3.レオナルド15歳(王立学院に入学した場合)

4.レオナルド16歳(騎士学校二年目)


 とても細かく区切られたレオナルドの人生。

 目次だけ見ると、レオナルドは騎士になる以外にも、官僚になる人生のルートもあったようだった。

 そして予言書の多くは、マリアベル王女と結婚した後、どうやって権力を握っていくか、どう政治を行っていくかについて。

 天才と言われた予知能力者にして伯爵でもあった父は、息子が自分の夢を叶える予知を楽しく見ていたに違いない。


 死後も息子を意のままに動かそうと、父が遺した詳細な予言書。レオナルドは読むつもりなどなかった。実際、この九年、無視し続けた。

 だというのに、二十二になった今、予言書を開こうとしている。

 この年齢になって初めて、どうしても失えないものを手に入れたからだ。


「……あった」


72.植物学者フィアナと結婚する場合


 父はフィアナとの結婚も予知していたのかと思うと、背中がぞっとする。

 まだ父が存命だった頃、どうあがいても父の手の上から逃れることはできないのだと、何度も絶望した。その頃の絶望と恐怖がいとも簡単によみがえる。

 だが、レオナルドはぶるりと頭を大きく振り、自らの気持ちを奮い立たせた。


 本棚にはりつき、72巻を探す。

 見つけ出して抜き出すと、焦る気持ちを抑えながら本を開く。


『マリアベル王女と結婚できなかった場合、植物学者フィアナと結婚すると、マリアベル王女と再婚できる可能性がでてくる。そのため、フィアナとの結婚を強く勧める。』


 レオナルドは顔をしかめる。

 王女との結婚こそレオナルドの幸せだと思っていた父は、王女との結婚につながる未来へとレオナルドを導くためにこの予言書を遺している。

 フィアナに関する記述があっても、楽しい内容ではないと覚悟はしてきたのだが、やはり不快だった。


『植物学者フィアナとの結婚は、一年もたず終わりを迎える。フィアナはレオナルドをかばい、亡くなる。

 植物学者として優秀なフィアナは、特別な成功をし、その権利を持っている。フィアナは孤児のため、彼女の死後、その権利はレオナルドに渡る。

 王家はその権利を欲しがるため、マリアベル王女との再婚を条件に提示すると、承諾する可能性がある。そのためにするべきことは……』


 その後、延々と王家に対してどう立ち回るべきか書き連ねてある。

 だが、レオナルドにとってそんなことはどうでもいいことだ。

 必要なのは、フィアナの情報。

 いつ何処で亡くなるのか。かばうとあるから、誰かに殺されてしまうのだろうが、犯人は誰なのか。何も書いていない。

 ページをめくれば、フィアナの死後に王女と再婚するには、どう立ち回ればいいのかについて書いてあるだけ。

 フィアナについて書かれているのは、どうやらこの数行だけらしい。


「俺をかばうって、どういうことだ? しかも、一年以内って」


 レオナルドはフィアナと結婚したばかり。

 領地にいる母にフィアナを会わせるため、久々に帰郷して、この父の遺した予言書を見に来たのだ。


「フィンを失う? そんな、まさか……」


 口では予言を否定しつつ、レオナルドは父の予言が外れないことを知っている。

 そして、父の予言を覆すことがどれほど困難なことかということも、骨身にしみて知っていた。


 レオナルドにとっては、フィアナは己の半身。

 彼女を失っては、レオナルドだって生きてはいけないだろう。


「フィン、フィン……」


 がくりと床に膝をつき、レオナルドは頭を抱えて苦悩する。

 だが、悲しみと絶望に塗りつぶされた彼の目に、少しずつ強い意志の光がともりだす。

 最愛の半身を救うにはどうしたらいいか、レオナルドは猛烈な勢いで考え始めていた。





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