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軍艦モノ

各国戦艦で意地張り合い。これが平和か?

作者: 仲村千夏

 太陽がまだまとわりつく朝焼けの海上、ハワイ環礁の外洋には航跡の渦が絵の具のように引かれていた。平和の代償として用意された特別海域――“礼砲海域”。そこに世界の誇る戦艦たちが一堂に会した様は、まるで古代の闘技場に並ぶ戦士たちのようでもあった。


 旗艦甲板では公式観覧席が組まれ、海軍要人や民間の賭け師、新聞記者と芸術家たちが入り混じる。目的はただ一つ。戦争を回避するための奇策として、各国が自慢の一隻を出して「主砲一斉射撃」でどれだけ“戦力的威圧”を示せるかを競うのだ。相手は、不沈を誓約された実験標的艦――装甲圧1000mmの“不可沈標的”。日本とアメリカの合作で作られた、表面は禍々しく光る青銀の巨体であった。


 審判席の古い海軍将校が声を張る。「ルールは簡単だ。各艦は交互に最大三斉射。各斉射は三連装主砲の同時放射とする。標的は沈まない。審査は目視と計測によって行い、機構破壊、甲板の曲率変化、被覆装甲の一時変形、火災誘発の有無で点数を付ける。最も“効果”が高かった艦が一位――戦争の抑止力としてその国は世界に誇示するものとする」


 最初の号砲はアメリカから。USS アイオワは鉄の静けさを保ちながら、砲塔がゆっくりと姿を現す。巨大な砲口が太陽を呑み込むように向けられ、低い唸り声と共に、四〇.六センチの唸りが海を割った。砲弾は直線の弧を描いて標的の側面へ——直撃。装甲は膨れ上がり、周囲の海面は吹き飛ばされるように白い帯となって泡立った。審判の計器は「局所高圧ショック」「甲板下方の構造応力の一時的増大」を記録する。アメリカの旗は静かに誇らしげに翻る。


 次は日本。戦艦大和は重厚そのもの、まるで海上に据えられた山のように見えた。甲板上の若い士官は緊張を抑え、砲員たちは無言で動く。大和の砲声は低く、地鳴りのように島々の岩をも震わせる。三斉射は長弧を描いて標的の甲板上部を集中砲火する。装甲の一部に亀裂が走り、甲板の上層施設が摘み取られるようにめくれた。蒼い煙が噴き上がる。観覧席からはため息と感嘆が同時に漏れる。審査員の数字は「甲板の曲率変化」「局部的火災発生」を指し示した。


 列席する英、仏、伊、独、ソの幹部たちの顔が引き締まる。ネルソンは古風な秩序の中で動き、リシュリューは冷たい計算を積み重ねる。ヴィットリオ・ヴェネトは技巧派の射撃を見せ、ビスマルクは深紅の意志を秘めたまま砲を構える。ガングート(ガングード)は北の氷を思わせるような力強い弾丸を海に刻んだ。


 競技は進行し、各国が交互に三斉射を行う。砲煙が上がり、空が粉塵で曇るたびに標的の表面に“痕跡”が刻まれていく。だが不沈標的の誇りは揺るがない。装甲はへこみ、塗膜は剥がれ、排煙装置やアンテナ類が吹き飛ばされる。だが船体そのものは、鉄の意志で立ち続ける。まるで巨獣の皮膚に残る傷跡のように、各国の一斉射が“式”として刻まれてゆく。


 第三ラウンド。ここで観客は緊張し、ある種の宗教的な静けさが訪れた。戦艦同士のプライドは、ただの虚栄ではない。科学と鋼の詩だ。ネルソンの長大な一斉射は、標的の上層構造を徹底的に叩いた。リシュリューの射撃は正確に装甲接合部を狙い、亀裂を誘導。ヴィットリオ・ヴェネトの砲弾は“散る”ことを知らない群れとなって甲板を流れ、ビスマルクは深い衝撃波で標的の内部配管系に致命的な“痕跡”を残す。ガングートは冷徹にエネルギーを集中し、老練な砲手が狙いをはずさない。


 最後の番は日本――大和の砲声が再び太平洋の空を引き裂く。だがこの一斉射はただ強大なだけではなかった。狙いは標的の“心臓部”と呼ばれる、動力系の外殻継ぎ目付近。大和の弾は、これまでのどの弾よりも深い“圧力波”を生み、衝撃で標的の内側に蓄えられた多数の装置が一斉に揺り動かされる。機械の悲鳴にも似た音が内部から漏れ、甲板の一角で制御系の爆発が起きた。黒煙が柱となって立ち上り、たちまち消火隊が放水する――だが観覧席の誰もが息を飲んだ。審判の表示灯が激しく点滅する。


 得点は数字以上の物語を語る。アメリカは“破壊力”で高得点。イギリスは“精密さ”で評価を稼ぎ、フランスは“局部破壊”、イタリアは“散開による被害の広さ”、ドイツは“圧力による内部ダメージ”、ソ連は“持続的な衝撃”。しかし最終計測で最も高いスコアを得たのは――大和だった。理由は単純だ。真正面からぶつけるだけではなく、構造の“精神”と呼べる部分を狙い、標的の運用能力を一時的に麻痺させたこと。装甲が割れたわけでも、標的が落ちたわけでもない。だが“戦力としての効率的無力化”という観点で、最も完成度が高かったのだ。


 表彰式は静かに行われた。各国代表は握手を交わし、砲煙の匂いをかすかに胸に残しながら互いに敬意を払った。海はまた穏やかに戻り、白波が光る。会場を離れる航路には、世界中の観測網が記録を吸い上げ、それを政治へと翻訳していくだろう――「我々は争うよりもまず、力を見せる」。それがこの奇妙な祭りの真意だった。


 深夜、標的艦の甲板上で老技師がぼんやりと拳を握る。彼は煙で煤けた金属片を拾い上げ、ぽつりと言った。「やはり、最後に勝ったのは意図だよ。どれだけ正しく狙ったか――力は誰でも持てる。けれど、どこを狙うかを知っている者は少ない」


 海は彼の言葉を運び、夜明けへと紡いだ。列強の強さと誇りはそこにあったが、明日にも戦争がなくなる保証はない。しかし今日だけは、世界は“示威”を選び、砲声を祝祭に変えた。鋼鉄の詩は鳴り止み、波間に小さな虹がかかる。やがて、それが一枚の写真となり、新聞の見出しを飾るだろう――「平和のための戦い」。誰かが微笑んで、誰かが計算し、夜は更けていった。

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