黄金の國
〈春の海海なし県の魚かな 涙次〉
【ⅰ】
怪盗もぐら國王。彼がまるでマルコ・ポーロの「黄金の國」ジパングのやうに憧憬を持つて見てゐる、魔界。そこには兩の手に余る程の富が蓄積されてゐる、と云ふ。
「枝垂よ- 魔界のごたごたの隙を突いて、『奴ら』から盗める物、盗んでしまへ、と俺の中の『盗人』が云つてゐるのだが」助手の枝垂哲平「どんな【魔】が潜んでゐるかも知らずに?」國王「うーん。本能、なんだよな。俺の」
【ⅱ】
丁度同じ頃、使ひ魔「シュー・シャイン」が、外殻(=カンテラ)の中にゐるカンテラに、かう云つていた。「【魔】の金庫、開けつぱなしになつてゐます。ところが【魔】たちにはカネ、と云ふものゝ使ひ方が分からない。放置狀態です」カンテラ「と、云つても、俺たちは泥棒ぢやないしな」
【ⅲ】
畸しくも、魔界の金庫を狙つてゐる、國王・枝垂コンビと、この濟魔界を根底から破滅させやうとしてゐるカンテラ一味との利害が一致した。
「もぐら御殿」にて。「...と云ふ譯さ。あんた、仕事するなら、俺とじろさんに聲を掛けてくれ。用心棒を買つて出やうと思ふ」カンテラは、極上のキリマンジャロ豆で淹れた珈琲を朱那に饗され、朝の雰囲氣を堪能してゐた。珈琲カップ代はりに、マイセンのティーカップを使つてゐる。國王は何事も一流好みなのだ。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈あくる朝男同士の密約は果たされやうか暫し待たれよ 平手みき〉
【ⅳ】
國王「カンさんがさう云ふのなら、魔界の金庫、当たつてみやう」カンテラ「『奴ら』が、カネの有難さに氣付くのは、さう遠い日ではなからう。人間界を誘惑するのには、やはりカネがキイとなる」國王「よし。トンネルを掘る。カンさんたちに分け前は渡すよ」
と云ふ譯で、またしても「思念上」のトンネル堀り。大もぐら姿の國王を先頭に、枝垂、カンテラ、じろさんが續いた。「邪魔するぜ。雑魚諸君」人間型となつた國王。泥んこのスウェーター。例のゴーグル。そして巨體。
【魔】たちは戦々兢々である。半ば、傳説として定着してゐる、カンテラの一味が攻めてきた。國王の云ふ通り、もはや「雑魚」しか殘つてゐない、魔界。それですらも風前の灯し火。カンテラ、用心の為に拔刀した。だが、それに抵抗しやうと云ふ氣概の者、一人としてなく、枝垂は頭陀袋に、古今の銘品、そして純金のインゴットを詰めてゐる-「無殘なものだなあ。これが俺らの恐れた、魔界の末路かと思ふと」とじろさん。
【ⅴ】
中に、叛骨精神を見せる者が、一人ゐた。鰐革男*である。蘇生してゐたのだ。彼は人間界の機微をよく知つてゐる。人が黄金には靡き易いものだと云ふ事も。
「カンテラ、此井、泥棒に成り下がつたか。我らが富を如何にする!?」鰐革は偽ケルベロスをけしかけてきた。偽ケルベロスも、蘇生組の一角を成す。カンテラは思つた。「どいつもこいつも甦り、だ。新しい血、と云ふものは、魔界にはもうない」
カンテラは鰐革の事は、適当にあしらつたゞけであつた。斃す、と云ふ程の魅力を、彼は失つてゐたからだ。はるばる韓国の魔界からカンテラを追つてきた、昔日の面影は、既に彼にはなかつた。カン「鰐革、あんたにはもう俺の刀の錆となる程のものはない」鰐「何を!!」鰐革は、ピストルを構へてゐた。カン「飛び道具か。あんたには魔力は殘されてゐないのか」鰐「この銃は、ルシフェル様から拝領した逸品。貴様の剣が勝つか、この銃が勝つか、勝負だ」だが、カンテラは脊を向けた。カンテラ、移動用の結界を張つてゐる。魔界の全ての攻撃を、封じてゐた-
* 鰐革男:一時はカンテラを斃す寸前迄行つた、自稱「魔界のダンディ」。カンテラは「修法・発条」を用い、なんとか勝ちを収めたのだが、半年ほど休養せざるを得なかつた。鰐革、の名は、その鰐革をなめしたやうな皮膚に因んでゐる。詳細はアメブロ、カンテラ・サーガ第二部「特別寄稿 本当の私、とわが愛せしカンテラくん哉」參照のこと。
【ⅵ】
鰐「ち、畜生。こんな筈では...」カン「さらば鰐革よ。俺の好敵手よ」國王「そろそろ退けどきだ。ずらかるぜカンさん」鰐革はその場に崩れ落ち、男泣きに泣いた。「だうしてかうなつちまつたのか」
と、一人愁嘆場を演じる鰐革。カン「國王、ちと待つてくれ」カンテラ、さめざめと泣いてゐる鰐革の頭上に、剣を一閃。「秘術・雜想刈り!!」
【ⅶ】
後日談。魔界の次代の盟主は、カンテラに雜想を刈り取られた鰐革男に決まつた、と云ふ。彼から雜念を取れば、純粋な「惡」しか殘らない。「まあ、敵に鹽を贈る、つて奴さ」カンテラは涼しげな顔で、さう云つた、らしい。
【ⅷ】
故買屋Xは、はた、と膝を叩き、「國王、あんたいゝ仕事したな」國王「まあな。魔界から頂戴した品々だ(インゴットはカンテラたちに渡した)。髙く賣つてくれよ」
さて、鰐革男の復讐が始まる。彼の愛する魔界を破滅寸前に迄、追ひやつた、カンテラ狩りの日々が始まつたのだ。それは、追々これからのエピソオドで語るとしやう。
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〈男ありその脊は春陽拒絶する 涙次〉
今回は魔界の零落ぶりをお傳へした。さて、こゝから、魔界自體の蘇生事業を脊負つて、男一匹、鰐革男の冒険が始まる。私は、物語作者として、中立を保つ迄、である。
ぢやまた。