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狂った目算

「ごめんなさい。あたし、余計なおせっかいに走っちゃって」

 深々と美優に頭を下げて謝ると、一美はそそくさと席を立ちあがり、その場を辞して、エレベーターで4階の自室へ上がる。

 我ながら、余計なごたくを並べすぎたと彼女は内心反省した。

 そして自室のドアを開錠すると、部屋に入る。室内からサムターンキーを回して扉を施錠する。

 しかし、自殺願望のある人達の気持ちは、正直一美には理解できなかった。

 無論色々理由はあるんだろうけども、生き続ける方が素晴らしいと感じるからだ。




「あの人一体なんなんでしょうね」

 一美が去った方を見ながら、井村が疑問を口にする。

「基本は、悪い人じゃなさそうだけど」

 やわらかな声で人物批評を述べたのは、翠である。

 そのそよ風のようなスマイルを観るだけで、井村は溶けてしまいそうな幸福に浸っていた。

「あたし、タバコ吸ってくる」

 料理の後片付けが終わると、竹原美優が宣言して1階の喫煙所に向かう。

「じゃあ、俺は自分の部屋にいるよ」

 夫の礼央がそう口にして、1階にある夫妻の部屋に入っていった。

「じゃあ、あたしも行く」

 ライターとタバコを持ってきていたハンドバッグから取り出しながら、翠が話した。

「倉橋さんもタバコ吸うんだ」

 驚いて、井村が聞いた。

「船で吸ってなかったから、タバコ吸わないと思ってた」

「あの時は、たまたま。先輩の女優さんに若い頃、役者はタバコぐらい吸わないとって言われたの。酔っ払う演技は酒飲まなくてもできるけど、タバコは普段から吸わないと、しぐさが不自然になっちゃうから」

 3人は、喫煙所に入った。

「ご主人は、タバコ吸わないんですか?」

 聞いたのは、翠だ。

「そうなの」

 美優が、回答する。

「部屋にも灰皿あるけど、だから部屋では吸えないってわけ」

「お料理とてもおいしかった。さすがプロですね」

「ありがとう。味には自信があるんだけど例の感染症のせいで、お店の経営は上手くいかなくなっちゃって」

 世界中を席巻したパンデミックは数年前に収束して、今はマスクをする者もほとんどいない。

 今日島にいる8人も、誰もマスクをしていなかった。

「多額の借金が残ってね。にっちもさっちもいかないの。他にも色々あって」

 美優は、辛そうに目を伏せる。

「そうだよね。他の人の気持ちはわからないけど、あたしに関しては自殺したい理由なんて1つだけじゃない。色々な要素が絡まり合って、何もかも嫌になっちゃうんだよ」

 翠が、後を引き継いだ。

「俺も当時飲食店で働いてたけど、ダメージは大きかったね」

 井村が話した。

「お酒も色々この応接間に置いてあるけど、何か持ってく?」

 美優が2人に問いかける。確かに応接間の一角に戸棚があり、ウィスキーや日本酒や焼酎等の、値段の高そうな銘柄ばかりが並んでいた。

「理亜さんは睡眠薬を飲んで寝るって言ってたけど、あたしは睡眠薬がわりにワインを旦那と飲んで寝る」

「そうね。あたしは、日本酒が欲しいな」

 翠がそう主張する。

「俺は、ウィスキーが欲しい」

 井村が希望を口にした。アルコール類も食材同様種類も量もたくさんあった。

 ビールやワインは大型の冷蔵庫にたくさん入って冷えていた。ジュースやペットボトルのお茶等、ソフトドリンクも大量に冷えている。

 井村はウィスキーのフラスコを戸棚から1瓶取ると、エレベーターへ向かって歩いた。そして7階まで上昇する。

 そして自分の部屋に入ると念のため中からドアを施錠した。フラスコのフタを開け、直接瓶から口で飲んだ。

 タバコを1本吸って、吸い殻を、備え付けの灰皿でひねりつぶす。彼は自殺を考えた時が1度もなかった。

 なので今ここへ集まっている者達の考えが理解できない。そりゃあ色々苦しい時もあったんだろう。

 でもそれは、井村の理解を超えていた。それにかれらは一見普通の人と変わりないのが意外である。

 テンションが低いとかはあったにしろ、島に来てからは解放感もあるのか、むしろ楽しそうにしていた人が多かった気がした。

 口に含んだウィスキーは以前からよく飲んでいる銘柄だが、今夜は何だかいつもよりも味気なく感じる。

 メンヘラ女と1発やりに来ただけなのに、何だかすっかり変な気分になってしまった。

 ともかく後1週間自分は飯を楽しんで、何とか理亜をモノにするのだ。

 そう彼は、自分を奮い立たせようとしていた。例え、彼女にその気がなくても。

 が、そんな井村の目算は、思わぬ形で狂ってしまったのだった。

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