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あなたは誰?

「どうしてよ!?」

 井村は自分でも、おのれの声が尖ったのがわかる。

「あなただって自殺しに来たんでしょう? 同じじゃない」

 翠が、そう返した。

「だって翠さんは人気タレントで……」

「あたしも井村さんも、同じ人間でしょう? 命の重さに変わりはない。あたしは、自分の人生に疲れちゃったの。これ以上生き続けるのは、もうこりごり」

 翠の顔に翳りが生じた。井村には、どうすれば良いのかわからない。

 自分はこんなにも彼女が好きなのに、翠は井村を拒否している。

 いや、井村だけでなく、自分以外いや、おのれを含めた全てを拒否しているようだ。

「でもみんな、俺も含めてあなたが好きなんだ」

「あたしは、自分が好きじゃない。自分も含めて全ての人が好きじゃない」

 その話を聞いて、俺も同じだと井村は感じた。彼女との立場の違いはスクールカーストの最上位と最下位ぐらいに隔たってると考えたが、実は似てるのかもしれない。

 いや、違う。少なくとも彼は、翠が好きだ。彼女をどうしても死なせたくなかった。

 ゴミクズみたいな人生だけど、倉橋翠は、井村にとって唯一の安らぎだったから。

 



 理亜は昼食後、自室に引きこもっていた。壁にとりつけられた鏡を見ながら神経質に髪をいじる。

 彼女は井村が怖かった。あの目は自分を狙っている。彼だけではない。

 他の男も自分を狙っているのではないかと考えると恐ろしかった。男は嫌いだ。

 見ず知らずの男にレイプされてから、そう感じるようになったのだ。それがきっかけで、当時付き合っていた恋人は去ってしまった。

 男達は理亜に対し、何をするかわからない。もうこんな世界で生きていくのは嫌だった。

 来週の月曜日には再び宇沢が現れて、彼女を安らかな死に連れて行ってくれるのだ。今は、それだけが救いである。




 午後5時になり、理亜は2階の自室から1階にある厨房へ行く。そこには竹原夫妻がいて、夕食の準備をしていた。

「あたしも、手伝います」

 理亜は、声をかける。

「大丈夫? 無理しなくていいのよ」

 竹原美優が、心配そうな表情で話す。

「大丈夫です。何かしてる方が、気が紛れます」

「実は、僕らもそうなんだよね」

 竹原礼央が苦笑しながら口をはさんだ。そこへ、女優の倉橋翠が登場する。

 普通に現れただけなのに、それだけでその場の雰囲気がまばゆく変わってしまうようだ。

「あたしもまた手伝います」

「ありがとう。昼食を作った時も思ったけど、あんなに料理が上手だとは思わなかった」

 美優が、翠を称賛する。

「倉橋さん、ご自分で料理を作るバラエティ番組に出てましたから」

 理亜が、横から美優に説明する。

「ごめんなさい。観てたんだけど、てっきり実際に食事を作ったのは、他の方だと思ってたから」

 美優が、ばつの悪そうな顔をした。

「毎回じゃないですけどね。半分ぐらいはスタッフの方が調理してました」

 トップ女優は、ピンクの舌をペロリと出す。何気ない表情なのに、とてもチャーミングに見えた。

 みなが一斉に笑って場がなごむ。こんなに笑ったのは、いつ以来だろうと理亜は思う。

 もう何か月も暗黒の中を、彷徨い歩いていた気がする。




 やがて午後6時が近づくと、大広間に他の皆が集まり、食事を始めた。

 井村がチラチラ理亜を気にするので、彼女は極力そちらに目を向けないようにする。

 やがて全員集まったが、理亜は銀縁のメガネをかけた長身の男性に見覚えのある気がしていた。

 だが、一体誰かが思いだせない。テレビか何かで見た気がするが、芸能人ではない気がする。

 イケメンはイケメンだし、引き締まった筋肉質の体型だが、アスリートでもなかったような。

 午後7時には、すでに高校生の妹尾と、銀縁メガネの日々野が大広間を離れ、自室へと戻っていた。

 意外にも、翠が自分から井村に話しかけていたが、彼の方は緊張しているらしく、話ははずんでいないようだ。

 やはり井村はチラチラと、こっちを見てる。あの日以来、理亜は男がすっかり嫌いになっていた。

 特に、井村のような輩は。片付けを終えると、理亜はそそくさと自室に戻り、ドアを中から施錠する。




 理亜に去られてしまい、井村はがっくりと肩を落とした。

 彼女には完全に警戒されており、つけ入る隙が1ミリもない。可愛いのに、残念だ。

 井村を監視するように、那須一美が時折こっちに鋭い視線を向けていた。

 井村の隣に翠が座っているのだが、彼女は彼にとって神様のような存在で、ナンパなどもっての他である。

 旦那持ちの美優も無理だ。既婚者とつきあった経験もあるが、さすがに旦那がすぐ近くにいたらダメだろう。

 食器の後片付けを手伝った後、井村はエレベーターに乗り、自室に入った。部屋の壁にある時計を見ると、夜8時だ。




 井村がいなくなったので、一美は翠に声をかける。

「あの井村っていうチャラ男、気をつけた方がいいですよ。鶴岡さんを見る目を見た? 下心、丸出しじゃない。本当にあいつ、自殺願望あるのかな」

「それを主張するなら、那須さんも、自死願望があるようには見えませんけど」

 翠が、美しい口を開いた。一美は、二の句が告げずにいる。

「那須さんは、生き直す気になったんじゃないのかな」

 食後のコーヒーをトレーに乗せて運んできた竹原礼央が、割りこんだ。けだるい口調である。

「今は、そのつもりです」

 一美は、そう回答した。

「みなさんも、よければ来週一緒に沖縄へ戻りましょう」

「それができるぐらいなら、ここへは来ないわ」

 いつのまにか接近してきた竹原美優が、そう言葉をつなぐ。

「那須さんはまるで今まで1度も自分の命を断とうと考えなかったような口を聞くのね」

 美優の声は穏やかだったが寒風のように冷たい。

「あたしなら仮に考えを変えても、そんな簡単に人に『生きましょう』とは言えない。一体那須さん、あなたは誰なの?」

 ナイフのように鋭い視線が、一美を貫く。




 

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