心から思っている、心にもない言葉
あの日、君は「いってらっしゃい」と言った。
生きていた君を見た最後の光景。
君はあの日、僕と別れた後に買い物中に事故死してしまった。
だから、これはどれだけ願おうとも帰ってこない光景。
泣こうとも、怒ろうとも、叫ぼうとも、祈ろうとも。
今日。
いつものように目を覚ますと君は「おはよう」と言った。
僕は君の指示する通りに作った料理の残りをレンジで温めていると君は「飽きないの?」と言った。
君がどれだけ呆れようとも僕はこの味が一番なのだと言って強がった。
朝の僅かなルーティンを終わらせ、出社しようとする僕の隣に君がやってきて。
あの日と同じように「いってらっしゃい」と言った。
だから、僕は言った。
「いってきます」
閉ざされた扉の向こうへ行く君の姿を見送って私はため息をついた。
あの人ったら、一体いつまでこうするつもりなのだろう?
二階へ上がり、防犯なんて気にもせず開けたままになっている窓からベランダへ出る。
鮮やかな世界の色と対比される白く、薄い私の姿。
夢現のように曖昧な存在になった自分自身を改めて見つめる。
成仏する前にせめて一目とやってきたけれど……本当にこれは大失敗。
呆れながらも君の出勤経路を眺めると、君は何度も振り返って私へと手を振っていた。
そんな姿にまたため息をついて。
「さっさと立ち直って私の事なんて忘れればいいのに」
私は君に手を振り返す。
心から思っている、心にもない言葉を今日も呟いて。
成仏するタイミングを完全に失ってしまった私は今日も君のことを一日中考えながら過ごす。
退屈だけど幸せな時間に溺れながら。




