69 ・・・ー・ー (VA:全ての通信終わり)
屋上へ出るドアを背に、腰へ両手を当てた電波監視官の美女は、凛とした姿勢で発破をかける。
「本機関の任務は一分一秒を争う。時間は最大の敵よ! 理解したか? 万城目研修生」
ドアの小さな窓から差し込む逆光に当てられた彼女を、僕は階段の折り返し地点から見上げた。
トレードマークであるポニーテールの形をした秘密道具のエクステは、開花した花のように広がり、いつも着込む純白のレザーコートは、僕が追っていた残像のそれだ。
ぱっちりと開かれた眼は穏やかに見えるが、その奥に備えた鋭い眼差しは強い信念と意思の固さ主張している。
僕の守護天使を担っていた彼女は、今は違う役目を背負わされていた。
階段下から見上げる立ち位置は、女王様に許しを請うようで、気持ちで負けてしまいそうになる。
「じ、時間が敵ってむちゃくちゃな……それに研修生って呼ばれ方も変な気分ですよ」
「Be quiet! やると決めたからには甘えは許されない。日を改めて再テストよ」
「キ、キツいな……昨日は東京を走り回ってヘトヘトで、疲れも取れてないんですよ?」
「ジーメンスにワーク・バランスは無い!」
「マジでブラック職場だ……あの、この謎のテスト、いつまで続くんですか?」
「君が合格するまで」
東京丸ノ内からジーメンス本部へ戻って来た、その日の夜。
僕は勢い余って本城さんに監視ゼロ課に入りたいと懇願した。
とはいえ、ジャマーから狙われる危険や、僕自身が周囲を破壊しかねない電波を発する可能性が残っていた。
そのことを懸念した鬼塚課長は僕を、よりジーメンスの身近な保護下に置く。という名目にして、そのジーメンスの人達の手伝いとして働くことになった。
一応、精神は未来から時空を超えたニ十四歳だが、この時代では十四歳。
就労もアルバイトも法律的にアウトだけど、保護下に置いた未成年に協力を仰ぐ、という体裁でジーメンスの仲間入りを果たした。
教育係はもちろん電波監視官の本城・愛さん。
と、ここまでは願ったり叶ったりだったのだが、いざ入ると急に本城さんは厳しく接するようになった。
彼女が言うには「危険な電波に挑む仕事だから、死なないように身を守る術を叩きこむわよ!」と息巻いていた。
早速、彼女は鬼軍曹として華麗なる変身を遂げていた。
「私が教育係になったからには、一人で戦える電波エージェントに鍛え上げるわよ。覚悟なさい! この極超短波少年」
「あの、なんですか? それ」
「君のアダ名。いいでしょ?」
「よくないです」
「なーんでよぉ? 最初に会った時、君からは地デジと同じ極超短波が発せられてるって言ったでしょ? だから極超短波少年」
「僕はテレビかよ」
「それはさておき……」
電波監視官の美女は、何かとっておきの土産があるような素振りで、笑顔を見せてから言う。
出会った時に感じた女神のような印象は、次第に薄れていった。
「ふーふふん! 本日は嬉しいお知らせがあります。放課後はいつもと違うテストをやるわ」
「放課後もやるんですか?」
「学業をおろそかにして訓練する訳にはいかないでしょ? この近くに怪電波が探知された地域があるの。はい、そこ! 怪電波とはなんですか?」
「え!? その、あー……脅威電波のことです」
「good! で、それが何なのか調査へ行きます」
「ジャマー……がいるってことですか?」
「それは調べてみないとわからないわ。それでぇー? 返事は?」
これまでの逃げ腰で情けない自分とは違う。
電波が見える僕だからこそ、できることがある。
ジャマーや脅威電波、そしてMKウルトラ・イワト構想で、僕のように人生をねじ曲げられた人達を救う為に、腹をくくってジーメンスに入ったんだ。
返事なんて決まっているじゃないか。
「行きます」
「よろしい!」
陰鬱な未来から時空を超えて過去へやって来て、やり直しとなった僕の人生は普通じゃない日常となった。
普通なんて考えてても前に進まない。
「宜しくお願いします。本城さ……本城監視官!」
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