65 極超短波少年と電波監視官の美女
「こちら本城……そんなに怒鳴らなくても聞こえます。後、女性を呼び捨てにするのはセクハラですよ?」
鬼塚課長の呼び掛けに応答する本城さんは、冷たい地面に寝そべったまま、袖に取り付けたマイクを口元へ寄せて話ていた。
と、言いつつも彼女の隣で同じく地面に寝そべる僕もいた。
仰向けに寝たまま自分の身体を手でまさぐり、肉体がちゃんと存在していることを実感してから安堵する。
い、生きてる――――電磁波で焼き殺されてない…………はぁぁああ~~。
鬼塚課長の声は、本城さんと同じように取り付けられた無線機なら聞こえていた。
それどころか、敷地内でみっとなく転んで体力の限界から起き上がれない間も、無線機を通じて指令本部から聞こえる激動の戦いをしっかりと聞いていた。
鬼塚課長は少し落ち着きを取り戻しながら話した。
『よ、良かった……バイタルの波形が消失したので、てっきり』
「もうぉ……勝手に殺さないで下さい。転んだら腕に取り付けたバンドと、無線機が急に使えなくなったんです」
『波形が消失する前に万城目少年から強い脳波が検出された。多分、恐怖のあまり電磁パルスに近い衝撃波が、彼から放出され、それで一時的に装置類が機能を停止したのだろう』
寝そべる本城さんは僕の顔を見ながら「やってくれたわね」と、呆れた口ぶりで笑ってみせて。
不可抗力とはいえ貸し出してもらった機械を壊したことに、後ろめたさが沸きだし、視線を明後日の方向へ投げて僕は苦笑いした。
これ無線機を弁償してくれとか言われるかな?
気まずくなった僕は話題をそらそうと努める。
「あっ、そうだ! 本城さん」
「ん? 何」
「あのジャマー、僕らが転ぶ前に電磁フレアを撃って来ましたよね? どうして光線が外れたんだろう?」
「間一髪ねぇ~。ジャマーが電磁フレアを吐く瞬間に、人工衛星の誘導電波に反応して、狙いが逸れたのよ」
「そうか……ジーメンスの人達に助けられたんだ」
-・-・ --・-
「電離層、正常値に戻りSARアーク、消失。余震、脅威電波、共に基準値以下まで下がりました。都市機能、復旧可能です」
「了解しました」
女性オペレーターの報告を聞いた鬼塚課長は、現場の動向を逐一追っていたモニターに背を向け、本部内で目まぐるしく作業をしていた職員へ向く。
部下達は足と手を止めて上司の発令を今か今かと待ちわびていた。
「状況終了。現時刻を持って作戦は完了です」
鬼塚課長の終息宣言が発令されると、室内の緊張は一気に解け、その場に居る職員が安堵の声を漏らすと同時に、どこからともなく歓声が上がり、指令本部は勝利の美酒に酔いしれた。
いつの間にか取り巻きの若手官僚の四人と作業服を着た、本部職員が互いの肩を掴み健闘を称えあったり、抱き合いながら喜びの感情を余すことなくさらけ出した。
そして安曇顧問は平静を装いながらも、緩んだ口元を隠しきれないまま、鬼塚課長へ言った。
「鬼塚課長、お疲れ様でした。この惨状の中、見事な手腕でした」
「あぁ、ありがとう……君もご苦労様」
「これで巨大ジャマーの脅威は去りましたね」
「さぁ、どうだろうか……」
シワの無いスーツで胸を張る若手官僚と違い、陣頭指揮を取った中年男の返し言葉は淡白で、温度差を感じる。
鬼塚課長は神妙な顔付きになり、若者へ助言するように語る。
「ただ、あの巨大ジャマーが最後の一個体とは思えない。電波のように人間は、一度便利な物を覚えると、そこに潜む脅威をあえて見ないフリをして使い続ける。文明が発展する限り、未知の脅威はこの先も、まだまだ続いていくのだよ」
その言葉を聞いた安曇顧問は肝に銘じるように頷く。
そして、ある懸念を吐露した。
「しかし、今回の騒動をどう発表していいのか……」
「太陽が活発化した事により、電磁フレアが地球に降り注いで起きた、太陽風による自然災害とするのが望ましいね。それで世間に公表するように手配しよう」
若手官僚は楽観的に提案する冴えない中年職員を、訝しげに見て言った。
「…………随分と慣れていますね?」




