62 圏外乱闘
画面の左端にアニメ調のCGで表示された極軌道衛星が現れた。
青色でベタ塗りされた地球の表面に湾曲した赤い点線が引かれており、点線の上をなぞるように左から右へ人工衛星が走っている。
赤い点線の両端に縦線が突き刺さっている。
縦線の上に英語で『BORDER』と書かれており、極軌道衛星はその線へ迷うことなく突き進んでいた。
鬼塚課長は少し焦りの色を見せながら指示を飛ばす。
「時間がない。地球と宇宙では重力に差がある。電波が歪む為、飛行中の巨大ジャマーは、東京の直上とはズレた位置に飛んで来るはずだ。どこへ現出するか、計算してくれ!」
「AI、現出位置、補正中」
オペレーター達が火事場にいるかのように忙しく作業にとりかかっている間、モニターは電波ナマズの状況をまざまざと見せつける。
電波ナマズを現したポインターの上に、扇の形をした予測進路が広がっている。
扇型の進路は地球の軌道を回る人工衛星へ全て重なり、どこに標的が到達するのかわからなかった。
切り替わったモニターには飛行する電波ナマズの移動をCGでミニチュア化させ、大気圏へ飛び出すまでの距離を表示している。
本部の墨で作業する男性オペレーターが報告した。
「飛行中の目標、高度一〇キロメートルに達しました!」
ものの数分で旅客機と同じ高度一万メートルまで上昇した電波ナマズの姿を、衛星のカメラが捉える。
電波ナマズの映像は目まぐるしく切り替わり、ジャマーの足元には縮尺された東京の夜景が、光の粒を敷き詰めたビーズアートのように輝いていた。
リミットが迫り立つあるせいか、鬼塚課長も遂に焦りを隠しきれなくなり、小さな声で繰り返す。
「早く、早く早く早く……」
「高度三〇キロメートル。SARアークを越えます!」
高度三百万メートルまで来た電波ナマズは赤橙のカーテン、SARアークを切り開くように貫く。
安曇顧問がその脅威の速さに眼を見開き声を漏らす。
「一秒間に一〇キロメートルを飛ぶなんて……地球上のあらゆる物体も、そんな速さでは移動できない」
「安曇君、ジャマーは電波だ。むしろ、この速度は遅いくらいだ。ヤツはまだまだ加速する」
鬼塚課長の整然とした話に息を呑む若手官僚をよそに、女性オペレーターが再度報告を促す。
「目標、一〇〇キロメートルを越えました! 尚も上昇中。ビーコンを送信する衛星まで、残り一九〇〇キロで到達します!」
高度一〇万メートルを越えると距離の猶予が無いのか、オペレーターの報告は時間を追うごとに簡素になっていく。
女性オペレーターの報告を聞き、鬼塚課長は声を張り上げた。
「ウルティマヘテロダイン増幅ゲイン砲。スタンバイ!」
「スタンバイ完了!」
「現出ポイントは!?」
「まだ計算中です!」
場の焦りは安曇顧問にも伝染し、彼は煽るように鬼塚課長へ聞いた。
「AIが計算しているはずなのに、まだ算出できないのですか?」
「ジャマーはただの電波じゃない。生物だ。生物の動きは予測しずらい」
モニターは半分に仕切られジャマーの映像に攻撃用低軌道衛星の画像が割り込む。何台もの人工衛星に備わるパラボラアンテナが上下左右に動き射程の調整を図る。
画面の隅にデジタルの数字が表示され、人工衛星が地球を通り過ぎるまでの時間をカウントする。
男性と女性オペレーターの声が入り交じる。
「極衛星通過まで残り四〇秒」「目標、圏外到達まで四七秒!」
安曇顧問は怒号にも似た声を発する。
「ダメだ。ジャマーが到達する前に衛星が通り過ぎる!」
ジャマーの移動距離と衛星の待機時間が合わない。
このままではジャマーが目標へ到達する前に低軌道衛星は東京上空を通り過ぎてしまう。
しかし、巨大ジャマーよりも現場の指揮を取る、この人物の方が上手だった。
鬼塚課長はしたり顔で言った。
「いや――――想定の範囲内だ」




