60 聖域を踏み荒らす者たち
本城さんと僕は皇居の敷地に入ったものの、肝心のジャマーが開けた場所へやってこない。
かと言ってビルなどの隠れる場所すらない皇居の広場で棒立ちしていれば、いずれ電磁フレア放射の餌食になる。
ジャマーを誘いつつ、強烈な一撃をかわす為には走り続けなければならない。
あろうことか、監視官の名を介した本城さんは『立入禁止』の札が立てられた皇居の芝へ土足で踏み込む。
立派な黒松が並ぶ芝生を抜け砂利道に出ると、巡回中の警察官に出くわし、立ち入り禁止区画から出て来た僕と本城さんを止めようと、立ちはだかる。
不当に聖域を踏み荒らす輩を、断罪する使命を持った正義の番人は気迫が違う。
そんな進行ルートを塞ぐ警察官は、ジーメンスの女性監視官からすれば任務を邪魔する障害でしかない。
ここで彼女の伝家の宝刀、必殺の秘密道具が再び日の目を見る。
本城さんは空いた方の手で後頭部に手を回し、エクステを外すとブーメランのように投げた。
回転するエクステはフライングソーサーと見まがう奇妙な軌道で宙を飛び、向かってくる警察官の顔面へ見事に命中して吹き飛ばした。
回転浮遊するエクステは忠犬並みに義理堅く、投げた主人へ戻って来ると、本城さんはそれを華麗にキャッチして後頭部へ装着。
すると、通信機から鬼塚課長の声が漏れる。
『本城くん? 今のは公務執行妨害だよ!?』
電波監視官の美女は叫ぶ。
「もみ消してぇ~!」
事後処理は極秘機関の偉い人が何とかしてくれると言い聞かせ、ついぞ起きたことは知らないフリを決め込む。
誘導作戦を阻む壁が取っ払われると、本城監視官は外苑を大きく左へ進み、皇居前広場を横切って、またも黒松の並木を駆ける。
黒松エリアを駆け抜けて夜空が目の前に広がると、芝生からコンクリートの硬い地面に変わったギャップで、靴の裏はダメージがより大きく感じられた。
本城さんの考えはおそらく、密集する黒松を抜けて、より電波ナマズの目に付きやすい、開けた場所へ行くつもりなのだろう。
ただ、走り疲れて全身が錆びた歯車のように動きが悪い僕は、彼女の意図を汲むことが出来なかった。
「ほ、本城さん――――ごめんな、さひぃ~……」
「ちょ!? 何ぃ、わぁあーー!?」
走り続けて足が限界に達した僕は転んでしまう。
手を引いていた本城さんがつられて転倒、二人して二重橋前、もしくは正門石橋前の広大な十字路の中心に寝そべった。
疲弊困憊の僕達が振り向くと、半透明な巨体揺らし、体内で無数の稲妻を放電する赤色のプラズマボールが目に入った。
「万城目君! ほら立ち上がって!?」
「む、無理です……足がいたくて……」
本城さんは砂利道から起き上がり、掴んだ僕の手を引き上げて立ち上がらせようとした。
僕は中身を抜き取られて皮だけ残った、脱け殻のみたいに地へ這いつくばっていた。
巨大ジャマーの灼熱のマグマを思わせる眼光が、こちらを睨み付けていた。
頬まで裂けるガマ口が上下に、頬を塞いでいたシールドが左右にそれぞれ開くと、十字型のアンテナに変形して電磁フレアを放つ。
――――――――もう駄目だ!
最後に見た光景は電波ナマズの喉から沸き上がる、赤い怪光線の瞬きだった。




