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G/SieMENS (ジーメンス) 極超短波少年と電波監視官の美女  作者: にのい・しち
インシデント・3 ゆずれない明日を守り続ける
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58 電波女はブレイクするー

 乗用車は蹴り飛ばされた空き缶と同じく、横向きに空中で回転しながら襲ってくる。


 僕は悲鳴を上げる間すらもなく恐怖で立ち尽くし、押し潰されるのを待つ身となってしまった。

 その刹那、本城さんのしなやかな手が僕の首と腰に回り、そのまま抱き寄せると彼女に密着しながらアスファルトへ飛び込む。

 車の影に覆われた、その瞬間だけ台風ほどの風圧が地面に寝そべった僕と本城さんを連れ去ろうと、見えない爪でかきむしる。


 乗用車は僕達の直上をスレスレで通り越し、彼方でひしゃげる音と共に硬い地面へ激突した。

 本城さんに抱き寄せられて地に伏せることなく、呆然と立ちすくんでいたら、空中で鉄のローラーと化した車に上半身が巻き込まれ、潰されたトマトにされていたかもしれない。


 非業の死を想像して青ざめていたかと思えば、本城さんに抱き上げられ、半ば無理やり立ち上がらされてから再び手を掴まれて走る。


「ラッキーラッキーラッキー、ラッキー!」


 幸運を鼻唄に乗せた本城さんは、眼前と迫る災難を楽しむ余裕すらある。

 ただ、僕をかばったことで彼女が着込む純白のコートは、肩や腰の当たりにアスファルトで擦れた汚れが着いた。


 二人してガードレールをまたいで車道のど真ん中を進む。

 玉突き事故で信号の色など関係なくなった日比谷通りを横断して和田倉門へ。


 人の足だとわからないけど、この石畳の道は皇居の水堀の上に敷かれた橋だ。

 皇居へ進む僕達から見て左手は馬場先濠(さきぼり)で、右手は和田倉濠。

 この橋の役割を持つ大通りは日比谷通りとの境に、かつて皇族の警備に当たっていたであろう歩哨ほしょうが見張りをする為の、守衛跡が両脇に建てられている。

 雨に混じる酸で黒ずんだ石で作られた箱に、雨をしのげる程度の屋根が付いた、簡易な守衛跡だ。

 本城さんに牽引けんいんされた僕は、二本の車道に挟まれた銀杏(いちょう)並木をフラつきながら疾走する。


 実質、ここが皇居の入り口だ。


 この中学生の身体は疲労が限界を迎えようとしており、いくら息を吸っても肺が空気を貯めきれず吐き出してしまう。


 ここでは東京駅周辺とは違う変化が起きた。

 水堀を優雅に泳ぐカルガモがパニックに陥ったように、羽をバタつかせて遠くへ離れて行った。

 人間と違って動物は第六感が鋭い。

 ジャマーの脅威を察知して泡を食って逃げ出したのかもしれない。


 橋を渡りお堀を過ぎイチョウと石のベンチが両側に並ぶ、開けた石畳をひたすら走り、右手に見える和田倉公園を横目に過ぎ去りて皇居外苑へ――――。


 -・-・ --・-


 指令(オペレーショ)本部(ン・ルーム)


 本城さんはジーメンス本部の状況を耳に取り付けたイヤホンで確認している。

 一応、僕にもイヤホンが取り付けられて本部の話は聞こえるが、手をひかれて全力疾走を強要されている身では、イヤホンから聞こえる会話は理解できない。


 デスクで作業オペレーターの端に置いたボールペンが転がり落ちたのを見て、安曇顧問は不安にかられた。

 

「揺れている?」

 

 本部職員達も微動する室内の異変に気付き、作業の足を止めると不気味な静寂が流れた。


 鬼塚課長が状況を読み解く。


「ジャマーが起因した余震かはわからないが、余震が長引けば大震災へ発展するやもしれん」


「一刻を争うことには変わりないわけですね……」


 その言葉で若手官僚は落胆しながらボヤく。


「首都東京の命運を、たった二人の少年少女に託すことになるとは……」

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