57 走れ!公務員
「位置について、よーい――――ドン!」
「ま、待って、うわぁ!?」
本城さんに手を引かれ東京駅中央口から皇居方面に向かって走り出すと、電波ナマズは咆哮した後、こちらを注視した。
赤レンガ駅舎が見渡せる広場を二人そろって回れ右してから、左右ある横断歩道の内、本城さんは左の信号を選んで進んだ。
東京駅前のスクランブル交差点は縦横の横断歩道が、タイミング良く全て青信号に切り替わり、本城さんは白線で描かれたハシゴを渡り切るとL字にルートを変更してビルの歩道から街灯が立ち並ぶ、ど真ん中の行幸通りに道を切り替える。
電波監視官の美女は後方へ視線を移し、電波ナマズが追って来たかを確認してから前へ顔を戻す。
年上の美女に手を引かれながら夜の街を走るなんて、思春期の少年からしたら夢のようなシチュエーションだが、当の僕は手を掴まれながら全力疾走を強要されているので、そんなロマンスを楽しむ余裕は無い。
「ほほぉ、本城さん!? 足が早いぃ!!」
「早く走らないと電磁波で丸焼けになるわ!? Run and Gun!(速攻!)」
本城さんの足が早すぎて速度を合わせないと、僕の腕が引き千切られてしまいそうだ。
すでに掴まれた腕が痺れて痛いものの、僕の腕が千切れる前に、巨大な追跡者が追い付いてしまう。
迫り来る電波ナマズの巨体は余りにも大きく、上半身を前屈するだけで僕達の背後へ食らい付く。
ジャマーが纏う赤い炎が街灯に燃え移ると、電灯は一瞬だけ照明弾かと見まがう閃光を放った後に消失。
巨大ジャマーの炎は更に先まで燃え広がり、歩道の街灯は強烈な発光の果てに次から次へと消失する。
僕達はハリウッドセレブが一身に受けるストロボの嵐を駆け抜けているようだ。
あの巨体から滲み出る炎はマイクロ波だ。
マイクロ波の電子が電灯のガラスを通り抜け、ガラスの中で電子が激しく駆け回り街灯の光量を上げる。
光量が増すごとに電灯内の熱が上昇して、その結果、電灯が発光するのにかかせないフィラメントが焼き切れてしまい、プラスからマイナスへ流れていた電荷を断ち切る。
僕が学校でニメートル大のジャマーに遭遇した時、口から放つ怪光線で校舎の電灯を破壊したのと同じ理屈だ。
本城さんに手を引かれながら僕は、消えた街灯が立ち並び、タイルのような石造りの行幸通りをひたすら真っ直ぐ走る。
ジャマーはワニのように口を大きく開けて取り込もうとするが、僕達は寸前で逃げ去り、ジャマーは空振りさせながら口を閉じた。
真夏の日差しで肌が焼かれるように、服を通り抜けた熱が背中を撫でる。
ジャマーは見えない電子レンジだ。
あのまま飲み込まれていたら透明な電子レンジに焼かれてジ・エンドかゲームオーバーと締めくくられたかもしれない。
後方を振り向くと電波ナマズは半身を起き上がらせて背を伸ばす。
体重も質量もゼロなのに重量感だけ主張する足を持ち上げ、赤レンガ駅舎の屋根をまたぐ。
体長三百メートルもあれば片足を動かすだけで有に五十メートルは移動できる。
それと比べ人間の微小な歩幅では、どうあがいても逃げきれない。
日比谷通りに差しかかると全ての車が直進していて、歩行者信号が青になるまで足止めを食らう。
足止めのジレンマに気が急くと、背後から雷鳴が聞こえ、頭上を赤い怪光線が走った。
ジャマーの十字に割れたアンテナ型の口が放つ、電磁フレアは僕らの行く手を塞ぐように、日比谷通りに一線を引いた。
車道をなぞる赤い怪光線は走行する自動車を飲み込むと、内部の配線や電子基板をショートさせて故障させたのか、はたまた運転手の身体に電磁波過敏症などの深刻なダメージを与えたのかわからないが、自動車はカーリングストーンのように次々とスピンしながら衝突。
そこへ、後続車が激突し空中を跳ね上がる車体が僕ら目掛けて飛んで来た――――。




