56 フォックス・ハンティング
空間を漂う糸や波は次第に角度を変えて、ある一点へ集まって行き、巨大な電波ナマズが纏う炎に呑まれると燃えカスが取り込まれる。
電波の糸を吸収された通行人のスマホは圏外となった。
「万城目君!?」
本城さんの声に呼ばれて我に帰り、彼女へ視線を移した。
そこには学校で出会った時と変わらない女神のような容姿をした本城・愛がいた。
景色が一変して通行人が黒い影に見えても、彼女の顔だけは変わらない。
整った目鼻立ちに茶髪でエイやヒラメのような見た目のポニーテール。
彼女の姿がハッキリと産まれ持った眼で見えた。
その理屈はすぐに解った。
本城さんの全身から人魂を思わせる、薄暗い緑色の火が沸き立っていた。
学校で遭遇したジャマーを燃やし尽くした電磁波、天鵞絨の炎だ。
淡い光を持った緑色の炎には包み込むような温かさが感じられた。
通行人や建物が混在する物資の世界を閉ざす代償として、この世の裏とも呼べる見えなかった世界の営みが視認できる。
本城さんは不安な表情でこちらの顔を覗き混むので、僕はよけいな考えを振り払い「やれます」と答えた。
僕は改めて巨大ジャマーと対峙する。
このナマズの姿をした電磁波の悪魔を強く睨みつけ、この怪物だけに集中した。
狙うべき目標がハッキリすると、右手に持ったアンテナを突き出す。
眼鏡をかけてたときと違う感覚。
目標の放つ炎を奪い取ることを想像しながら念じた。
――――――――僕はここだ。
僕を見ろ――――お前が探してる相手は僕だろ!?
アンテナの先が微かに震えると、片腕がアンテナごと引き込まれる。
引きずりこまれまいと、両手でアンテナの柄を掴み足腰に力を込めて踏ん張る。
伸びた棒は魚が食いついた釣竿のように大きくしなる。
三つに開花したアンテナの先端から、青白い光の糸が伸びて目標の後頭部に刺さった。
僕はそのままアンテナを引き上げた――――――――。
思いのほか、呆気なかった。
光の糸は綿飴で作られたのかと思えるほど瞬時に千切れ、糸の残骸はヒラヒラと漂った後、水が蒸発するように消滅した。
僕も含め見守っていた本城さんまで、唖然とした表情で空振りしたアンテナを眺めている。
対抗手段を無くし困惑のまま沈黙していると、空気が急にヒリつく物に変わった。
丸ノ内全体が静電気で痛みを伴っている様に感じられる。
僕と本城さんは辺りを見回し異変を確認しようと努めた。
空間を飛び交う電波が酷く乱れ、無秩序に光線が乱立。
その原因は一つ。
天空をあおいでいた電波ナマズが頭垂れ、上半身をよじりなが、ゆっくりと振り向くと蟻ほどのサイズに思えるであろう、こちらを見る。
山が動いた。
電波ナマズの巨体は振り返るだけで、空気中の電磁波をかきみだす圧力があった。
巨大ジャマーは全体を動かし、それまで日本橋、銀座へ向けていた体を、反対側である丸ノ内へと向けた。
胴体が見えると胸には、ガラスの壁に埋め込まれたと表現できるプラズマボールが、眩い放電現象を、その内部で散らしている。
ナマズの顔が真っ正面を向くと、信号や街灯の明かりとは全く違う、マグマのように血走った目で睨みを利かせてから咆哮。
その鳴き声はライオンや熊などの獰猛な生き物の遠吠えが合わさり、硝子を爪で引っ掻くような不快な響きが合成された声に聞こえる。
ヤツが僕を認識した瞬間だった。
巨体ジャマーの遠吠えが街全体に響きわたると、丸ノ内の高層ビルはドミノ倒しのように停電していく。
あまりの恐ろしさで足がすくみ棒立ちする僕から、本城さんはアンテナを奪って収縮させた後、コートの内ポケットへ仕舞う。
僕はジャマー退治のエキスパートではないから、何から何まで本城さんに聞かないとわからない。
「本城さん、こっちに来る! 次はどうするんですか!?」
「位置について、よーい――――」
「は?」
電波監視官の美女が僕の手を掴む。
「ドン!」




