55 スペクトル・オーバーレイ
道のど真ん中で変な棒を持った中坊がいる。
ものの数秒で通行人の注目を集め始めた。
好奇の目という電波ビームに串刺しにされた僕は、耐えきれず、痺れを切らして本城さんにすがる。
「本城さん……何も、起きません」
「集中力が足りないのよ。もっと強く念を込めて」
「一応、やってます……」
「一応って何よ? 全力でやんなさい!」
「その全力がわからないです」
「学校で襲われた時にできたでしょ? その時みたく、アンテナを振り回すのよ」
「……はい」
困惑しながらもアドバイス通り、アンテナをむやみやたらと振り回してみる。
多分、周囲からは祈祷師のお祓いに見えるに違いない。
これ、恥ずかしい!
どうにも腕が疲れて来たので振っていたアンテナを下げて肩を落とす。
身体から熱が吹き出してきた。
アンテナを振り回したことでカロリーを消費した熱ではなく、大衆が向ける刺すような視線に晒された、羞恥心からなる火照りだ。
「ダ、ダメだぁ……本城さん、ごめんなさい」
「もう! ゴメンで済むなら電波監視官はいらないのよ」
「……ごめんなさい」
「この役目は君でないと務まらない。君の身体から解放された、あの電波ナマズの注意は、私や他のジーメンスでは引き寄せられないわ。ここで止めるわけにはいかない」
き、キビしい……。
本城さんの物言いに、ついついスネて愚痴りそうになると、彼女は妙な質問をしてきた。
「ねぇ、見えてる?」
「は、はい?」
言われたことの意味が理解できない。
本城さんの問いかけは一層、不可思議さが加わり、もはやナゾかけのようになっていた。
「君は今、目の前を正しく視認できているの?」
「えっと、ふざけてますか? 眼鏡をかけているから、ハッキリと周りが見えますよ」
「そうじゃない。ちゃんと世界を受信できているかって話よ?」
「やっぱり、質問がわからないです。」
本城さんは腕組みをして深く考え込む。
僕に対して最も解りやすい問いかけを考えているようだ。
ある閃きが沸いたのか、本城さんは腕組みを解いて、こちらへ視線を戻す。
「眼鏡を外してみて?」
「いや、なんで?」
「いいから」
「僕は視力が悪いから眼鏡を外すと、何も見えなくなるので……」
「いいからっ!」
彼女の語気の強さに驚き、慌てて眼鏡のフレームに手をかける。
この補助ツールを無くせば身の危険を察知して逃げようとしても、周辺は霞みかかった壁に変わり、視野は一気に狭くなる。
そのせいで方向感覚も失われて最善の逃走ルートを見失う。
眼鏡を外すか外さないかは生死を分ける判断に等しい。
そんな恐怖が頭の隅をかすめるも、豊富な知識を持つ本城さんなら信じられるという気持ちが、恐怖に打ち勝った。
目を閉じてから眼鏡を外し瞼をゆっくりと開いた――――――――。
景色は一変、東京駅のイルミネーションとは違う別世界が広がっていた
視力が悪い分、現実の風景が鉛筆で書いた線を指で擦ったようにボヤけるが、代わりに裸眼で電波が見える今は、街灯や舗装された道路、高層ビルや東京駅の外壁に反射した電磁波が全て見える。
ほとんど光の反射と変わらない見え方を考察した時、思い当たる節があった。
電波における"ドップラー効果"だ。
近くの物体に反射した電磁波は波長が変化することなく僕の目に届くから、はっきり見える。
逆に遠くで反射した電磁波は距離が離れていれば、その分、波長が伸びていくので僕の目に到達する頃には霞がかったように見える。
だから電波の世界には奥行きが生まれる。
建物の窓や屋上から無数の糸が四方八方に伸びて、それぞれが窓と屋上を繋ぎ、まるで建物同士が糸電話で会話を始めたようだ。
更に空中は波を立てて揺らいでおり、類似する印象は海の潮がぶつかり合い、激しい飛沫を巻き起こしているように見えた。
多分、この光の糸は無線機を繋ぐ回線で、空中を漂う波はWi-Fiか何かの電波だ。
通行人は墨で塗りつぶされたように黒い影へと置き換わり、キラキラと輝く砂を頭から被った姿に変身。
人体に止まる電波を僕の脳が輝く砂として見せているのか?
なんであれ、人の形をしたプラネタリウムが所狭しと現れた。
通行人が持ち歩くスマホやGPSのツールからも光の糸が空へ伸びて、まるで全ての人間が吊るされたマリオネットに見える。
天をあおげば星々の輝きにムラが現れ、砂時計や蝶々の形をした七色のハレーションへ生まれ変わっていた。
それぞれの恒星が放出する電磁波バーストが、星雲のように見えているのかもしれない。
まるでプリズムの中へ迷い込んだ気分だ。
煌々とした稜鏡の世界。
その中央に、巨大なナマズの怪獣が赤い炎を放出していた。
ジャマーが放つマイクロ波が炎として見えているんだ。




