54 電界魔境
背面を見せる電波ナマズの巨躯は下から見上げると、てっぺんが夜空に触れているようで、開いた口が塞がらなくなった。
監視第ゼロ課の本部にあるモニターで、大きさは解っていたけど、間近で見ると桁違いに大きいと思いしらされる。
背中から何十本と生えるリーフィーシードラゴンに似たヒレは、一本一本が枝分かれした幹のようで、枝の節々にはソーラーパネルに似たフィンが木の葉と同じ有り様で生えている。
枝分かれしたヒレは空中でうねりながら左右へ広がると、さながら、千手観音が背負う千本の手。
体表は樹齢、数千年の屋久杉に電子基板の回路図がナスカの地上絵のように刻まれ、生身の動物ではあり得ない模様が青白く光っていた。
ガラス管のような半透明の二の腕と太ももは、タンカー船かと見まがうほどの太さで、内部で発電しているスパーク現象は、人や哺乳類で言う血液と同じだと理解できた。
時折、振り上げる尻尾はアスファルトが地殻変動で目くれ上がったのかと驚かせる動きだった。
周辺を取り巻く霧はジャマーが発する脅威電波、寄生振動だろう。
この前遭遇した鮫とタコを合わせたジャマーの比じゃない。
このモンスターに人間の常識が通用しないのが肌で感じ取れる。
電波ナマズの頭よりも上にある夜空は、赤々とした猛炎に遮られ、星の輝きは全て飲み込まれていた。
あくまで、巨大ジャマーが放出するマイクロ波が僕や本城さんには、空を発火させているように視認しているに過ぎない。
現地に来てやっと解った。
ジーメンスの指令本部がいかに安全な場所だったか。
電波ナマズが君臨する東京駅は電波体質を持つ僕には危険な空間だ。
電波監視官の本城さんは指令本部と短い通信を交わす。
「こちら本城。これより状況開始。どうぞ?」
『こちら千代田本部、了解――――健闘を祈る』
「……オッケェー。通信終了」
本城さんは現場の戦意を損なわない為に強気な受け答えをしていたのか、通信を終えると糸が切れたように意気消沈とし、伏せ目がちにこちらを見てから謝罪した。
「ごめんね。こんな危険なことに巻き込んで」
「うぅん……元はと言えば、僕のせいだから」
この話になると、どうあがいても陰鬱な方向に気持ちが引きずられる。
彼女の謝罪に気の利いた返しはできないけど、たまに僕が本城さんを支えられる男気を見せてもいいはずだ。
「それに、こんなことを引き起こした僕をずっと庇ってくれた本城さんや鬼塚課長、ジーメンスの職員さん達のお陰で、僕はここに立つことができたんだ」
それを聞いた本城さんは目を閉じてクスリと安堵の笑みを溢し「ありがとう」と、小さく礼を述べてから一呼吸置く。
ジャマー退治の専門家、本城・愛は自由の女神が旗を掲げて軍隊を率いるように、闘いの合図を出した。
「さぁ、万城目君――――――――君の出番よ!」
電波監視官の美女は純白のコートの内ポケットから、ペン型のアンテナを取り出し、こちらへ差し出す。
僕は彼女からソレを受け取る、が、すぐに戸惑いを隠せなくなった。
「本城さん……これ、どうしたらいいんですか?」
「学校でジャマーに襲われた時にみたいに、アイツを光の糸で釣るのよ」
「と、言われましても、使い方が……」
「そのペンを強く振れば先が伸びてアンテナに変わるわ」
解説通りにペンを振るもペン先が伸びる気配がないので、本城さんは「もっと強く振って」と、アドバイスした。
僕はこのペン型アンテナにまつわる出来事を頭に浮かべた。
学校でサメだかタコだかわからないジャマーに襲われ死を覚悟した。
天使の姿に見えた本城さんが颯爽と現れ、得たいの知れない怪物と対峙する。
校内に潜んだジャマーを引きずり出す為、本城さんが頬にペン先を近づけて、刀で空を切るように振り下ろしていた。
僕は彼女を真似するつもりで右手で持ったペンを左の頬へ寄せてから、空を斜め切りした。
シャッ! という金属が擦り合わさる音と共に、棒は特殊警棒のように伸びきり、ペン先は三つに割れて花びら型のアンテナへ変わる。
「ほ、本城さん。次はどうすれば?」
「アンテナの先を目標へ向けるのよ」
僕はジャマー退治の専門家に言われて通り腕をゆっくりと上げ、両手で握った特殊アンテナを電波の悪魔にかざす。
――――――――何も起きない。




