53 脅威電波最前線
皇居の外周は夜間にも関わらず、健康第一を掲げるランナーが走り回っており、やかましサイレンの音が耳に入ると、どこかで事件かと視線で救急車を追いかける野次馬根性が垣間見得た。
DEURAS-Mは、一〇分もかからず大手町駅に到着すると、車道の端に寄せて停車。
本城さんは銀色のSUVから降りて、白いコートの袖口に取り付けたマイクに話かける。
「本城、現着しました」
耳に取り付けられた骨伝導イヤホンに、指令本部から鬼塚課長の音声が入る。
やっぱり僕の電波体質が邪魔しているせいで、課長の声がノイズで聞き取り辛い。
『本城くん。車両が接近すると目標が放射する電磁フレアに巻き込まれる恐れがあります。加えて放出中のマイクロ波は半径、三百メートルまで拡大。DEURAS-Mは大手町付近で待機させて、それより先は徒歩で近づいて下さい』
「本城了解。保護対象者を警護しつつ目標へ接近します」
通信が終わると彼女は「ほら、ダッシュ!」と煽るので、僕は慌てて彼女の背中を追った。
純白のコートをなびかせて遊歩道を走る本城さんの背中は、まるでマントをはためかせて闇夜を駆け抜けるアメコミのヒーローと重なる。
ランニングフォームは背筋を伸ばし、くの字に曲げた腕を振り子のように大きく振る。
肩は強ばることなくリズミカルに前後へ押し引きしていた。
赤いプリーツスカートから見える足を、フェンシングのサーベルごとく突き出すと、爪先が地面に吸い付いた後に蹴り出し、身体を前へ押し出す。
理想的なフォームで走る彼女は足が早いせいで、僕は建物の角を曲がる度に本城さんを見失いそうになった。
藁をも掴むというよりコートの端を掴む気持ちで本城さんの後を追う。
息を切らしながら丸ノ内ビルに差し掛かると、さほど被害が広がっていない場所で東京の異変に気がついた人達もいる。
すでに彼らのスマホは圏外となり、ネットや通話が使えないと騒いでいるからだ。
僕は乱れた息を整える為に両手を曲げた膝の上に乗せ、一休みして地面へ(行くぞ)と問いかけてから答えも聞かずに姿勢を正す。
「ほ、本城さん……ちょっと暑くないですか?」
「ジャマーが放射しているマイクロ波に、さらされているからだわ」
梅雨に差し掛かる時期とはいえ、夜は昼間に蓄積された温かさをビル風でさらわれたような肌寒さだと言うのに、汗がジワりと染み出てくる。
ジャマーの電磁波で僕の皮膚は、ライターの火であぶられたように熱を帯びた。
電磁波がどれほど危険か、この身をもって体験している。
中学生の肉体で数百メートルのランニングは思ったよりも疲労がたまる。
僕は荒い呼吸が静まる間に周囲をぐるりと見回した。
帰宅ラッシュとなった東京駅、丸ノ内出口付近は真珠のように輝き、人通りは雪崩のように社会人でごった返す。
中央口の広場は東京駅の顔とも言える、赤レンガ駅舎がパノラマのように見渡せた。
その東京都の名所を差し置いて、人々は騒がしかったというより、軽いパニックにおちいっている。
夜空に現れた赤いオーロラという怪奇現象に注目が集まっていた。
「見て見て!」「ホントだ、見えた!?」「世界が終わるんじゃね?」
通行人の様子を一通り見飽きると、赤レンガ駅舎の裏側にたたずむシルエットへ視線を移す。
都会のど真ん中に忽然と現れた、うごめく山があった。




