51 キャリアの垣根を越えて
上席電波監視官の鬼塚課長は部下達へ通達。
「本部職員、並びに現場で対応している現地職員へ通達。現在起きているSARアークの観測情報が一般人の間で拡大した場合、東京都のネットワークをシャットダウンします」
鬼塚課長は先回りして釘を刺すように若手官僚の反論を封じた。
「安曇君。いいね?」
その物言いは覚悟を決めろと言わんばかりの威圧感があった。
安曇顧問は渋々うなづき押し黙る。
緊迫したやり取りが続く中、僕と本城さんは男性作業員に言われるがままに小型無線機を取り付けられ、マイクテストをしていた。
上着の内側に缶バッジぐらいの機械が取り付けられ、胸の位置で隠す。
機械から針金ほどの太さしかない二本のコードを首の後ろと袖の中へ通し、イヤホンを耳の裏に張り付け、マイクを袖口へ出させた。
耳の裏に張り付けたのは骨伝導イヤホンで、指令本部から送信された声が、鼓膜へ直に聞こえる。
男性作業員は僕と本城さんに袖口を口元へ当てるように指示。
何かのセンサーが内臓されているのか、袖口から顔を除かせたマイクが、こちらの声を広い指令本部へ送る。
本城さんは難なく無線機が通じたが、僕だけが受信も送信も雨に打たれて、かき消されたようにノイズが入る。
鬼塚課長は視線を移し男性作業員へ急かすように確認した。
「二人を現場へ派遣できますか?」
「本城監視官はともかく、少年の方は間に合わせの無線機なので、この子の電波体質に合わず通信が妨害されます。恐らく感情の起伏で脳波が乱れれば、無線機を故障させてしまうかもしれません」
「なら、通信は本城監視官のみで行います」
それを聞いた男性作業員は区切りをつけ、作業終了の合図を出した。
僕の電波体質という類い希な身体が妙な手間を取らせたことに、申し訳なさが込み上げる。
鬼塚課長は配慮を欠かさなかった。
声を張り上げると室内で声が反響し、隅々まで鶴の一声が届く。
「誰か!? DEURAS-Mを使っていいので、二人を現地へ送って下さい」
慌ただしい本部内に居場所を見いだせなくなった五人の若手官僚達。
指令本部で働く職員は、それぞれが東京と人命を守るという使命に、全身全霊で挑んでいる。
周囲がやるべきことに対応を追われ忙しくしていると、大概の人は自分も周りに合わせて何かを成さねばらないと気がせいる。
指令本部にやって来て仕事を見いだせなくなった安曇顧問は、その忙殺に耐えているように思えた。
しかし、総務省から共にやってきた取り巻きの官僚達は違った。
「安曇さん!」
安曇顧問が振り返ると四人の若手官僚は、秘密基地へ来た時の高慢チキな顔とは違い、何かの使命感に駆られたのか、自分達のリーダーを真っ直ぐ見つめて訴えかけた。
安曇顧問は背後にいる四人の取り巻き達の顔を一通り見た後、うなづき、彼らに無言で同意を求めた。
安曇顧問は中年管理職へ懇願した。
「鬼塚課長。僕達に出来る事はありませんか?」
非常事態を前に若い官僚達の思いは一つになる。
その熱がこもった瞳は上席電波監視官の信頼を獲得したのか、鬼塚課長は力強く返答した。
「それなら、打って付けの仕事がある」




