50 SAR(サー)アーク 猛炎の空
>四、災害の発生直後その他必要な情報を収集することが困難な時であっても、(中略)、人の生命及び身体を最も優先して保護すること
災害対策基本法 第一章 総則 第二条。
-・-・ --・-
鬼塚課長は呟くように答える。
「まさか――――――――SARアーク…………」
中年管理職は女性オペレーターへ確認した。
「強度は?」
「……一七〇〇レイリーを超えています」
「一七〇〇を超えたなら、かろうじて一般人にも見えるな」
何か違和感を感じた。
同じように電波が見える鬼塚課長や本部職員の話に温度差がある。
この人達には僕と違うモノが見えているのかもしれない。
むしろ、この温度差をハッキリさせるには、並みの感性を備えた人の話がわかりやすい。
謎の超常現象を安曇顧問は待ちきれない子供みたいに質問する。
「課長。この映像にジャマー以外の可視化フィルターはかけていますか?」
「いや、最初のフィルター以外、加工していないよ」
「なら、我々にも解るように話て下さい。あの赤く光るリポンは何ですか?」
「あぁ、悪いね。あれはSARアーク。正式名称はStable・ Auroral・Red・アークだ」
安曇顧問が思案してから話始める。
「オーロラ……レッド――――赤いオーロラですか? 東京でオーロラが発生した事例はありませんよ」
「地球の気候変動が、このまま続けば数百年か数千年後には、東京上空でもオーロラは見れるらしいが、通常ではありえない現象だ」
「我々にも見えているということは、今、東京にいる人にも見えているのでは?」
「光の強さを示すレイリーは一般人が肉眼で捉えられる最低ラインではあるが、人によっては見えているだろうね。厄介なのは物理現象だから、カメラに撮影して記録に残すことができる」
「そもそも、オーロラは太陽風によってもらたされるプラズマが、地球の大気に充満する酸素や窒素と衝突した時、高いエネルギーを発する発光現象です。巨大ジャマーがそれと同じことをしていると?」
「ジャマーにより上空へ放出された電子が、電離層の密度を高め、層を陥没させているが、それがシールドのような役割を果たし、そこへ太陽が絶えず放射しているプラズマがシールドを突き破ろうと衝突、その力が発光現象、すなわちオーロラを引き起こしている」
「目に見えない生物が地震だのオーロラだのを起こすなんて、理解苦しむ……」
「太陽と同じような電磁フレアを放つ怪物だ。人間の常識に当てはめて考える方が無理がある」
「とにかく、ジャマー災害が大衆に知られてしまうわけですね。これまでの苦労が水の泡か……あのオーロラに危険はありますか?」
「赤いオーロラは緑色や紫色に比べて電磁波が強い。オーロラに直接的な危険はなくとも、間接的に危険はおよぶ。古来より大規模地震が起きる前触れとして、不可思議な現象が記録されている。SARアークもその一つだ」
「事態はより最悪、という話ですか……」
それを聞いた安曇顧問の顔はより一層、深刻になる。
さすがの本城さんですら、この異常事態に表情が強ばり、雨風も吹き飛ばすような冗談は言えないのか、彼女は僕に対し探るように聞いた。
「万城目君……君にはアレがどう見えてる?」
「空が――――燃えています」
「そう、よね……」
赤いリボンなんて甘い言葉で表せない。
綿で作られた雲が発火して、爆炎が一瞬で広がったように星空を覆い隠している。
火災事故で起きるフラッシュオーバーが、天空で起きていた。
少なくとも僕にはそう見える。
恐らく、この秘密基地で働く人達は、電波を肉眼で見ることができる特殊能力を持っている。
それでも個人差があるように思えた。
職員によっては赤いオーロラに見えているのだろうけど、その中で、本城さんだけは僕と同じモノを見ている。
モニター越しに電波ナマズを睨み付ける電波監視官の美女の横顔が、それを物語っていた。




