49 天に集いし百鬼夜行
街行く通行人は知らない。
いや、知らない方が良いんだ。
都会の光害に埋もれ、星々が輝いていることすら忘れた都会人は、スマホに夢中でうつむいたり、気の知れた仲間と他愛のない話で盛り上がる。
今、東京駅周辺は巨大な電磁波のナマズが街を破壊し回ってる。
都心は要塞に変わり無数の光線を矢のように放ち、必死で平凡な毎日を守ろうと戦っていた。
こんなのが視界に飛び込んで来たら、パニックで人がひしめき合い事故を起こす。
災厄は電波ナマズだけで事足りてる。
そのはずだったのに……。
電波ナマズの背面側、丸ノ内周辺は電磁フレア放射の影響が少なく、まだ停電に見舞われていなかった。
東京駅中央口から西へ伸びる行幸通りは、宝石で飾られたように街灯が並び、その輝きに魅了されたカップルは呑気に通りを歩く。
丸ノ内の夜を満喫するカップルは、どことなく意識が高いように見えた。
ただ、蜃気楼のように浮かんでは消える事象を目の当たりにすると、まるでIQが下がったように困惑のやり取りが成された。
彼女が彼氏へ話題を投げ掛ける。
「何台も救急車が通るけど事件?」
「SNSには何も出てないよ」
「なんだろね……あ! 何アレ?」
「何?」
「アレアレ! ほら、上見てよ。上!」
「何、何? 何も見えないけど」
「赤く光ってる!?」
彼女が夜空を指差して彼氏に見せたいと必死になっている中、時間を持て余す待ち人や通行人がつられて夜空を見上げ、スマートホンを天へかざす。
撮影の手が次々と上がり歩道が波打った。
東京駅の遥か上空で淡く儚い光を放つ、赤い帯がユラユラと漂っていた。
何より赤く漂う帯を大多数の人間が、生まれ持った目で見ることは、新たな問題への兆しだった。
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千代田区、九段第三合同庁舎、存在しない地下層。
ジーメンス指令本部
「課長、SNSに情報規制をかけていますが、海外まで流出した情報は、すぐには抑えきれません」
「海外へ流出した情報は、事後に他国の電波監視機関に協力を得て、規制をかけます。今は目標の監視のみを優先して下さい」
鬼塚課長の指示は的確で返答が早い。
職員が次から次に投げてくる質問のボールをキャッチし、数秒で投げ返す。
でも手腕をじっくり観察するヒマは僕達にはなかった。
鬼塚課長の裏で僕と本城さんは、紺色の作業服を着た男性技術者になされるがままになっていた。
電波ナマズ誘導作戦は時間がない中、手際よく進められる。
男性作業員は僕の手首に細いベルトを巻き付けていた。
スマートウォッチに見えなくもないが液晶パネルらしい物はなく、単にベルトを巻いただけの素朴なガジェットだった。
「あの、なんですかコレ?」
本城さんが自慢するように片腕を上げ、同じく手首に巻き付いたバンドを見せて解説。
「これは人体に悪影響がある電磁波を測る装置よ。あっちを見て」
指差しで見せてくれたのは巨大モニターの端に小さなウィンドウがあり、四角い黒地の画面に二つの波線が横へスライドしていく。
病院の心電図と同じ表示だ。
「あの波形で私たちがどれたけ脅威電波にさらされているか、モニタリングできるのよ。基準値に達すると波線が乱れるから、オペレーターが危険を知らせてくれるわ」
波形の画像に注視していると視界の隅で、巨大モニターの異変に気がついた。
暗転した世界に浮かぶ電波ナマズの頭上へ視線が吸い寄せられる――――――――夜空が赤く燃え盛っていた。
僕は思わず「うわぁ!?」と小さな悲鳴にも似た声を発して口を押さえた。
ただ驚きは止まるところを知らなかった。
目に見えるモノがなんなのか思案したり質問するヒマもなく、室内がざわつく。
「一体、アレは? 空に赤い光が……」
安曇顧問が発した言葉に思わず振り向いた。
唖然とする安曇顧問とそれを取り巻く四人の若手官僚までもが、戦慄した表情で巨大モニターを凝視していた。
まさか、燃える空が見えている?
でも、この人達は電波が見えない。
それが、どうして……。
その答えを知っているのは、やはりこの人しかいない。
鬼塚課長は呟くように答える。
「まさか――――――――SARアーク…………」




