48 リスクに聖域は無い!
僕の返事を聞いて安堵する鬼塚課長と、鵜呑みにしきれない安曇顧問がいた。
課長は本城さんと作戦を練る。
「本城くん。誘導する場所は考えているのかい?」
「それはぁー……考え中で……」
「全く、君には手を焼かされる。建造物で構築された東京に、電波の少ない場所など、まず無い。それに遠い地区へ誘導する間に、ジャマーが別のエサとなる電波に吸い寄せられる場合もある」
「ですよねぇ~」
安曇顧問が意見に参加する。
「日比谷公園はどうですか? 東京駅から場所が近く、この辺りでは比較的、開けた場所です」
「このサイズのジャマーだと日比谷公園は場所としては小さい。やはり衛星のビーコンが、都心で混線する電波に跳ね返されてしまう」
中年管理職の反対意見に、やや不服の安曇顧問を他所に、本城さんは躊躇なく切り込む。
「東京駅から遠くなくて建物が少ない場所……国会議事堂とかなら? 議事堂の正門前なら高層建築が少ないです」
安曇顧問はすかさず反対意見を述べる。
「ダメだ。国会議事堂は現在、閣僚会議が行われている。政治家の中には心臓にペースメーカーを取り付けた高齢の方もいるんだ。もし、議事堂周辺で電磁フレアでも発射されたら……」
「もう! こんな時に……それなら」
彼女の代案は早かった。
「皇居……あそこなら林ばかりで建造物もほとんどないわ。敷地も広大だし衛星のビーコンを遮ることもないはず」
安曇顧問は慌てて反対した
「論外だ。行政機関に携わる者として、皇室を危険にさらすなど、あってはならない。あの場所は聖域に等しい」
「聖域だのなんだの言ってる場合ですか? このままだと被害が増えるだけです!」
「リスクは冒せない!」
続く本城さんの声が指令本部に轟く。
「リスクに聖域は無い!」
この場で平行線をたどる会話を取りまとめられるのは、ただ一人しかいない。
上席電波監視官の鬼塚課長は若手官僚を説得する。
「安曇君。事態が悪化すれば首都直下地震に発展するかもしれん。東京で生きる、千四百万人の人命が危険にさらされている。これ以上の議論は時間を無駄にするだけだ」
その言葉が胸の内にあった石の壁を砕いたのか、安曇顧問は観念するように折れる。
「鬼塚課長。あなたは僕が思っていた以上に、したたかな人でした。僕は社会に貢献する為に、この仕事を選んだつもりですが、今は何もできません……ですから、ジーメンスの皆さんに全てを託します」
満場一致とはこのことだ。
鬼塚課長は本部内で再度、号令をかける。
「これより先の作戦はマニュアルに該当しない行動が伴います。各職員には指示に従いつつ、現場の状況に合わせて臨機応変に対応して下さい。最善と判断したなら、上席の指示を無視してもかまいません。責任は……上席電波監視官の鬼塚が取ります」
待ってましたとばかりに慌ただしく本部内が動き始めると、鬼塚課長は周りの目を気にしながら本城さんへ近寄り、声を潜めて会話した。
「本城くん。本当に大丈夫かい? 私のクビは君にかかっているんだよ?」
「大丈夫です。任せて下さい!」
「私にはね。来年、受験を控えた娘がいてね。車だってローンを組んで新車に買い替えたばかりで、職を失うわけには……」
「はいはい。ほら、みんなが指示を待ってますよ?」
鬼塚課長は「頼むよ」と、念を押した後に丸めた背中を上げ、胸を張って細やかな指示を発する。
本城さんはそれとなく僕へ耳打ち。
「上司の顔色を気にしてたら、イイ仕事は出来ないわ」
と言った後、イタズラっぽく笑いながらウィンクして見せた。
緊迫した事態なのは変わらないのに、僕は思わず笑ってしまう。
もう後戻りはしない。
それに、MKウルトラ・イワト構想なんてものを実行させない為にも、僕はこの時代、今いる場所で戦わないといけない。
イワト構想で生きる道を閉ざされた人々の未来を変えるチャンスなんだ。
僕は巨大モニターを占領した荒れ狂う怪物と対峙した。




