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46 アイデンティティー・クライシス

 第二波の攻撃からは、もう止まることなく東京の街は闇に食い潰される。


 電波ナマズは狂ったように電磁フレアを放射し、都会の明かりを次々と消して行く。


 赤い怪光線が放たれた後は残光が残り、広がる炎の海を大怪獣が闊歩する姿と重なる。


 リーフィーシードラゴンそっくりの枝分かれしたヒレが、重力を無視して宙を漂うと、そのシルエットは悪魔が翼を羽ばたかせたような恐怖を植え付ける。

 

 僕の身体に閉じ込められていたジャマーが、街を壊して知らない誰かを苦しめている。

 自分が苦痛から逃げたいが為に拒んだ代償が、モニターに映る地獄絵図だ。


 血の気が引くと、全身は氷ったナイフで切り刻まれたように震えた。

 足は床へ吸い付くように崩れ落ち、僕の両脇を拘束していた官僚二人は、モニター越しの悪夢に魂を吸い取られたのか、もやは、僕を起き上がらせようとはしなかった。


 モニターから街の音声が聞こえ、指令本部の中は地獄で刑罰を受ける罪人の悲鳴を、遠くから聞いているような居心地の悪さに転ずる。


 僕は震える手で耳を押さえ、鳴り止まない悲鳴を鼓膜へ届かせまいと必死で塞ぐ。


 なんでこんなことが起きたんだ。

 いや、その理由はすでに知っているじゃないか。


 僕だ――――全部、僕が悪いんだ。


 こんなことになるなら、ずっと引きこもっていればよかった。

 未来の万城目・縁司(えんじ)が引きこもる部屋から外へ出て、逃げたばかりに過去へ来てしまい、今の時代で悲劇が起きた。

 あの時の行動が間違えの始まりだ。


 大人しく安曇顧問に連行されていればよかった。

 僕は取り返しのつかないことをしてしまった。


 僕はうわ言のように涙声が漏れる。


「ぼ、僕が悪いんだ……僕が……僕のせいで……す、すみません、すみません。僕みたいな人間は、この世界に存在しちゃいけなかったんだ……存在しているだけで誰かに迷惑をかける……MKウルトラ・イワト構想は正しかった。最悪の事態が起きる前に何もかも、抑制電波で押さえ付けてしまえば……それが何百万人の命を救う手段だったんだ」


 次第に本部内で現場を見守るジーメンス職員の視線が、こちらへ向く。

 奇異、軽蔑、冷淡、哀れみ……。

 僕は今、どんな目を向けられているのか?

 崩壊しかけている精神状態で、彼らの顔を見返すことが恐ろしかった。


「僕なんて、僕なんてずっと……一生、暗い部屋に閉じ籠っていればよかった……ち、違う――――この世に生まれて来たのが間違いなんだ……すみません、ごめんなさい。生まれて来てごめんなさい――――」


 身体も精神も落ちていく。


 うつむき壊れたロボットのように自分への怨み節を唱えながら、救いのない沼へゆっくりと、這い上がることも出来ずに。


 そこへ、耳を塞ぐ片手を誰かが力強く握り、底無しの沼から引き上げた――――。


 電波監視官の本城さんは拘束する男性官僚を振り払い、こちらへ駆け寄って僕の手を掴むと、そのまま引き寄せて両肩を鷲掴み。

 戸惑う僕を真っ直ぐ見つめる電波監視官の美女は力強い声で言い放つ。


「下ばかり見てないで上を見なさい! 後悔ばかりで今を見ないのは、現実から逃げているのと一緒よ! アレが見える? アレは君が逃げて来た全て。不安、恐怖、孤独、絶望。それが正体よ。もう逃げてばかりはいられない。いつかは戦わないといけない。それが今日、今、この瞬間なのよ!」


 彼女は指を差して、画面に映る脅威と向き合えと強く言い聞かせた。

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