45 電磁フレア放射
指令本部の巨大モニターが赤一色に染まった後、暗黒に塗り替えられる。
女性オペレーターが報告した。
「定点カメラ、ブラックアウト! 三秒後に復旧します」
復活したモニターの画像は、巨大ジャマーが反撃する前の画像と変わらない、東京の夜景に電波ナマズの姿が浮かぶ光景だった。
しかし、数秒前の風景との違いを察知した鬼塚課長が、切迫した声で各オペレーターへ確認する。
「被害状況は!?」
「八重洲、銀座、日本橋付近の防犯カメラ映像に切り替えます」
応答したオペレーター達はタッチパネルを忙しく操作し、我先にと報告。
「首都防衛兵器、停波! 中央区の防衛システム、損耗率二十%を切りました。現地職員の負傷者、銀座が五人。日本橋が十人」
「丸ノ内周辺、停電! 電波障害で鉄道無線基地局は不通、被害は東京駅八重洲口、日本橋、京橋付近にまで拡大。走行中の私鉄、機材の異常により停止し、帰宅困難者続発!」
「国道の信号機が停止、八重洲通りから半径一キロ渋滞。首都高速道路、江戸川ジャンクションで車両間の衝突事故発生!」
モニターは電波ナマズを一旦忘れ、六つの区切られた映像に切り替えると、東京の大惨事を伝える。
映像は停電し灰色の積み木となった高層ビルやマンション、色を失った街灯や商店街を見せ、他は電車が線路の途中で止まり、開いたドアから雪崩のように黒山の人だかりが下車する様子や、知恵の輪に見える高速のジャンクションで玉突き事故を起こした五台の車が映る。
モニターが次々と切り替わり惨事が細かく映されると、高齢者が立て続けに胸を押さえ、苦しそうに唸って地面に倒れ混む姿もあれば、十代の多感な学生も膝まづいて立ち上がる気力を失っていた。
そばに付き添う家族であろう婦人の悲鳴が、夜の闇をつんざく。
被害状況をまざまざと見せつけられた若手官僚の五人は、入室した時とは違い、恐怖を隠すこともできず動揺をあらわにした。
ひきつった声で安曇顧問は鬼塚課長へ説明を求める。
「な、何が……何が起きたのですか?」
「"電磁フレア"だ」
「電磁フレア? 活発化した太陽から発せられて機械を故障させる、あの現象ですか? なぜ、人的被害が?」
「強力な電磁波攻撃により電車と車の精密機器がショートし、操作が効かなくなったことによる停車や交通事故だ。通行人に至っては、心臓に取り付けたペースメーカーが破損したことで、人的被害に繋がっている」
「しかし、高齢者以外にも未成年へのダメージがあります」
「電磁波過敏症による極度のアレルギー状態にあると推測される。成長期にある身体が、電磁フレアに耐性を持っていなかったのだろう」
「信じられません。これがジャマーによる災害……脅威電波」
「もはや、我々の手に負えない問題へ発展している」
基地中央のデスクで情報を集める男性オペレーターが報告。
「課長。現地職員との通信途絶。呼び掛けていますが応答しません。恐らく先程の攻撃で無線機が故障したかと」
「ジーメンスの特殊回線で救急車や警察を呼ぶことは出来なくなったか……すでに国家レベルの危機に等しい状況だ」
巨大モニターにはスマートホンで救急車や警察に連絡をしているとおぼしき、一般人が何人も映るが、電話が通じず手持ちのスマートホンを叩いたり怒鳴ったりと、八つ当たりする姿があった。
電磁フレアが駆け抜けた後は、停電で辺り一面が暗闇に包まれ、停電した一帯は月明かりに辛うじて照らされるも、突然のことで電波が見えない通行人は、ざわめくばかり。
指令本部にいる面々は、何が原因で被害が起きたかわかっているものの、現地の通行人は何の前触れもなく災禍に巻き込まれた。
本当の暗闇を知らない文明人が、パニックを起こすまでに時間は必要ない。
東京の街が光と活気を失い闇に染まって行く。
道行く人々は阿鼻叫喚の巷と化す。
モニターが再び電波ナマズの巨躯を映すと、女性オペレーターの叫ぶように報告。
「目標! 第二波を発射準備!!」
巨獣の十字に開いた喉元から、赤紫色の稲妻が今か今かと、飛び出すのを待ちわびている。




