41 踊る大電波戦
めまいがおさまり意識がハッキリしてきた僕は、両脇を抱える男達に聞いた。
「な、何ですか? 極軌道衛星って……」
若手官僚は無視を決め込むので、質問の範囲を広げる為に隣へ視線を移す。
同じように男二人に両脇を抱えられ、拘束される本城さんと目が合った。
彼女がこちらの質問を拾う。
「北極から南極までの宇宙空間を回る気象観測衛星よ。人工衛星の中では、かなり低い高度を周回しているの」
脇を固める男が彼女の腕を揺さぶり「黙れ!」と叱責するので、本城さんはその男を烈火の如く睨み付けた。
女性オペレーターは報告は期待を裏切るものだった。
「課長。極軌道衛星から送信した誘導電波が、都心で乱立する電波に遮られ、目標へ届きません」
「場所と時間帯が悪かったか……」
安曇顧問は聞かずにはいられないようだ。
「何が問題なのですか?」
「都心部はありとあらゆる電波が混線している。一般人が使う携帯電話の電波、企業や店で利用されるWi-Fiなどの無線機器、駅や緊急連絡で使われる無線通信。これらにより、軌道衛星が照射した誘導電波を妨げてしまう」
「なるほど。ましてや帰宅ラッシュ、人流も多いから電波の量も、それに比例して多い」
「巨大ジャマーにとっては宇宙よりも、地上で飛び交う電波の方が吸収しやすい。エサとしては申し分ない……致し方ない」
鬼塚課長はうつむく顔に憂色を浮かべた後、モニターに映る脅威を真っ直ぐ見つめてから号令をかける。
「発報! 全職員戦闘配備。これより本機関は緊急マニュアルへ移行。首都圏における目標との戦闘を行います。及び全国、十一ヵ所の総合通信局に在籍するジーメンスへ、非常警戒態勢を発令。並びに都市部の復旧作業を可及的速やかに行動へ移して下さい」
各オペレーターは与えられた役割を自動人形のようにこなし、様々な指示や交信が混在し、茶の間をひっくり返したように慌ただしくなる。
「千代田区、港区、中央区を巡回中の脅威電波調査係は、ただちに丸ノ内、八重洲、銀座、日本橋へ集結。攻撃の指示を待て」
「こちらジーメンス関東支部。各、総通局へ通達、非常警戒態勢を発令。大規模災害に備えよ」
「一般人に擬装した職員、並びに非番の職員へ通達。ジーメンスの特殊回線を使い消防庁、警視庁へ緊急連絡せよ。尚、連絡の際、本機関の存在を気取られてはならない」
さらに課長はモニター下の女性オペレーターへ細かい指示を出す。
「スプリアス発射の危険値予測を元に、AIで攻撃に耐えうる時間を算出して下さい」
「街周辺の機能麻痺を考慮して、ニ四〇秒からニ六〇秒が妥当です」
オペレーターの迅速な回答を聞いた課長は指示を付け足す。
「現地職員へ通達。防衛兵器による目標への襲撃は背面側、銀座、日本橋方面から行う。なお、攻撃は開始から三分までを限度とする」
状況を流して見るだけの安曇顧問は鬼塚課長へ疑問をぶつけた。
「たった三分? なぜ、三分だけしか攻撃しないのですか?」
「ジーメンスの防衛兵器からもスプリアスを放出しているんだ。攻撃が長引けば、我々が都市機能を妨害してしまう。戦闘は最小にして最短が望ましい」
「なるほど。しかし、人工衛星から発射したビーコンが都心で遮られてしまうのに、同じ電波である防衛兵器が、その機能を発揮できますか?」
「地上に備え付けられた防衛兵器、もとい、電波発信装置はジャマー殲滅用に、周波数の調整が成された電磁波を発射できる。それが、ウルティマヘテロダイン増幅ゲイン砲だ。ジャマーにしてみれば、その苦痛は一千度の炎に等しい」
電波兵器の解説が終わったのを見計らうように、オペレーターが「課長」と呼び掛けた。
「現地職員が丸ノ内にて攻撃位置に付きました。いつでも発報できます」
「よし、状況開始――――――――撃て」
「了解。現地職員、目標へ攻撃開始」




