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40 東京SOS

 安曇顧問は、まだ納得がいかない様子で疑問を投げる。


「しかし、なぜナマズの姿で?」


 すると鬼塚課長は拘束された僕へ、視線をくばった後に解答した。


「推測だが、生物が環境の変化に合わせて順応するのと同じで、ジャマーも形態を構築する際、環境に合わせて姿を作りあげる。今回は寄生していた少年の脳波から刺激を受け、体を形成したと考えられる」


「少年の脳波がジャマーにまで影響力を及ぼすとは……」


「脳が何かをイメージするとニューロンを駆け巡る電流は、電圧の差異を起こす。それは二進数の一と〇の信号に置き換えられるが、その信号をジャマーが読み取り、状況に適した形態を成すわけだ」


「早い話が、人間のイメージでジャマーは形を変えるということですね」


 専門的な話は全くわからないけど、会話の最後だけ聞けば、大体の理解はつく。


 僕の頭の中で、あの化け物が生まれたか?


 理科の先生が授業中に脱線させた、与太話が思い起こされる。


 オオナマズ伝説による地震。

 僕は白昼の睡魔に襲われて聞き流していたつもりだったが、その陳腐な無駄知識を希薄な意識で読み取り、脳内フォルダへ保存していたのだ。


 それが今になって呼び起こされて、最悪な形で顕在化されるなんて……。


 次第に自分が怖くなってきた。

 これ以上、事態が悪化しないことを、ただ祈るしかできない自分も許しがたい。


 罪悪感の沼へ落ちそうな手前で、僕を現実へ引き戻す声が響く。


 ――――ぅめくん――――……じょう目君、万城目君!


「え?」


「万城目君? 大丈夫?」


 本城さんは女神のような慈愛に満ちた顔を見せつつも、その声音には不安が入り交じっていた。


「だ、大丈夫です……」


 いや、大丈夫ではない。

 心と身体がバラバラに引き裂かれそうな不快感にさいなまれている。


 女性オペレーターが新たな報告を上げる。


「課長。AIによる規模の予測が完了しました」


「結果はどうですか?」


「目標の大きさと電磁波の強さから予測されたのは……マグニチュード七・九です」


 鬼塚課長は思わず腕を組み、深刻な面持ちで小さい唸り声を発する。

 安曇顧問と話を聞くだけの四人の官僚はうろたえた。

 安曇顧問は青ざめた色を見せながら言う。


「首都直下地震が起きると? 最悪だ……」


 狼狽する安曇顧問の問に対し、上席電波監視官の鬼塚課長は、きっぱりと言い返す。


「その最悪を未然に防ぐ為、監視ゼロ課ことジーメンスが存在しているのだよ」


 鬼塚課長は即座にオペレーターへ指示。


「極軌道衛星の位置を確認。攻撃に転用できる衛星を遠隔操作して下さい」


 安曇顧問が話に割って入る。


「人工衛星にジーメンスの兵器を搭載しているのですか?」


「本来の用途は気候観測用の人工衛星だが、対ジャマー災害に際して、電波兵器を搭載している。しかし、高出力であるがゆえに、都心へ向けた高高度からの攻撃は許されていない」


「では、どう対処を?」


「まずは同じ軌道衛星から、目標を誘い出す誘導信号(ビーコン)を送信する。攻撃の被害がもっとも少ない地域まで誘い出し、そこで一気に電波兵器を撃ち込む算段だ」


 鬼塚課長は数十人規模で流動する室内へ、的確に指示を発していく。


「被害が拡大する前に人口密集地から目標を遠ざけて下さい。東京の直上へ差し掛かる極軌道衛星へアクセス。一千キロメートルの距離からビーコンを送信して、都心から目標を移動させましょう」


 オペレーターが指示に返答して作業を進めると、隣に立つ安曇顧問は、怪訝な顔で課長に聞いた。


「待って下さい。衛星へのアクセス権は、どこの機関から譲渡されていますか?」


「気象庁が有する気象観測衛星は、有事の際、特別な権限でジーメンスが独占使用できるのだよ」


「僕はそんな話を聞いていません」


「君はジーメンスの顧問に任命されてから日が浅い。おいおい説明するつもりではいたのだがね」


 中年管理職の調子に乗せられて、不満が募る若手官僚の安曇顧問。

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