39 電波ナマズは地を震わす
指令本部に供給される情報は、洪水のように絶えず流れこんでいた。
「現地職員より発報丸ノ内、日本橋、銀座付近、圏外エリア拡大中。DEURAS-D。目標のスプリアス発射の範囲、半径一キロメートルまで観測」
「銀座付近走行中のDEURAS-Mより発報。車両が接近できる限界範囲、百メートルまで観測、範囲拡大中」
「三浦電波監視センターより発報、軌道衛星監視中のDEURAS-S。上空へ到着したスプリアス発射を三十キロメートルまで観測。それ以降の範囲は計測できません」
迅速に情報収集できるジーメンスの能力を不思議に思ったのか、安曇顧問は鬼塚課長へ質問する。
「ジャマーによる電波障害でも、通信は出来るのですか?」
「監視ゼロ課で使っている通信機は特殊なんだ。スーパーヘテロダイン方式の応用で、直進する電波に電磁波をかき消すウェーブをスパイラルさせ、振動数が短い短波のストロークを伸ばすことが出来るのだが、使用する電波の周波帯は、各国の政府機関が電波法にのっとり振り分けている。そして国民へ公にしていない周波帯が存在し、これを地上デジタル放送の周波数帯の一部に偽装し、その電波はジャマーが嫌う逆位相の電磁波で、更に言うとソレを防衛の為の兵器として転用――――」
話が長くなると予想して、安曇顧問は課長の話しを強引に遮った。
「解りました。御講義はまた別の機会に聞きます」
講義に勢いのついた鬼塚は、突然止められた口をパクパクと空振りさせる。
モニター下の女性オペレーターが、強張った声で課長に報告。
「目標上空にて電離層の陥没を確認。都心全体に影響が出ています……周辺の温度も上昇。放出されるスプリアスも規定値を越えています」
「何?」
鬼塚課長はオペレーターが操作する、コンピュータのデータ画面を噛り付くように覗き込んだ。
「規模の予測は出来ますか?」
「目標の骨格が変化し続けている為、AIの演算に時間がかかります」
「では作業を続けて下さい」
会話の流れを掴めない安曇顧問は鬼塚課長に聞く。
「一体、なんの話をしているのですか?」
「地下深くの活断層が活発化すると断層に蓄積された電子が、上空六〇キロから三〇〇キロメートルまで放出され、大気に広がる電離層へ届く。届いた電離層の一帯は重さが変わり、他の層と比べて陥没したように下がるわけだ」
「総務省に提出された関係機関の報告で、同じ話を聞いた気がします。確か……大規模な地震が起きる前触れに確認される現象だと……まさか、ジャマーが地震を起こすと言いたいのですか?」
「ジャマーは巨大になればなるほど、発射する脅威電波の範囲が大きくなる。上空の電離層はジャマーの電磁波で、電子がかき乱されて陥没するのだが、それが科学的には地震を引き起こす現象と同じように観測される」
「話が飛躍し過ぎです。ジャマーと地震の因果関係が見えて来ません」
「巨大ジャマーは上空へ電子を放つと同時に、地面にも放出する。その電磁波は地底を貫通して地下断層まで届き、断層を激し続けることにより、いずれ大地震に発展する」
「強力なマイクロ波が岩盤の分子を振動させて断層に歪みを作り、地震の引き金になる。理屈は電子レンジと似たもの……都心部の気温上昇はマイクロ波によって、周囲の大気や物体の分子が振動することで、熱を生み出しているのが原因?」
「ほぅ? 随分と詳しいね」
「自分の学生時代、アメリカが地下にマイクロ波を打ち込み、人工的に地震を起こす兵器を開発していた、という都市伝説が流行ったもので。原理は大体、それで知りました」
「都市伝説か……ナマズの怪物が地震を起こすなんて、大鯰伝説だ」
「オオナマズですか?」
「うむ。江戸時代、地震は巨大なナマズの怪獣が地底に潜み、目が覚めた時に地下で暴れることで、大地が揺れると言い伝えられている」
「怪獣とは、また滑稽な」
「ナマズは地震を予知できるからね。科学的根拠は研究中らしいが、地震と結びつける伝承は、しばしば聞くよ」
「怪獣映画の中へ迷い込んだ気分です。嬉しくはないですが」
課長はアゴをしゃくって、モニターに映るジャマーを指しながら言う。
「怪獣映画にあやかって、ヤツを電波ナマズと呼ぶことにするかい?」
若手官僚は冴えない中年職員へ、静かに軽蔑の眼差しを向けた。
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>補足
DEURAS-D(遠隔方位測定設備)
主要都市の鉄塔、ビルの屋上など電波の受信がしやすい場所に設置されている。
センサー局と呼ばれている。
DEURAS-M(不法無線局探索車)
自動車に方位測定装置、遠隔制御装置、受信装置や測定装置を搭載したものである。
DEURAS-S(宇宙電波監視施設)
人工衛星からの電波を測定し、その電波の周波数や占有周波数帯幅、衛星軌道位置などを確認。
神奈川県、三浦電波監視センター内に設置してある。




