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37 東京電波事変

 頭をもぎ取られて蹴り転がされてるような、激しいめまいを覚え、起き上がる気力は失われた。

 強烈なインフルエンザにかかったような辛さだ。

 誰かに抱きかかえられているのか、屋上の強風にさらされながらも、暖かい温もりを感じる。

 その誰かが「万城目君、しっかりして!」と繰り返し呼び掛けていた。


 あぁ、本城さんか……。

 年上の美女に抱き寄せられるなんて、思春期の十代からすれは夢のような状況だけど、気ダルさでどうでもよくなっていた。


 騒々しい革靴の足音が聞こえて来ると、本城さんは両脇を持ち上げられてスーツの男達に連れ去られた。

 冷たい屋上に横たわる僕を本城さんは、尚も呼び続ける。


 別のスーツの男達が僕の腕を、力付くで持ち上げて立たせるが、足は筋肉も骨も抜かれたように立ち上がれない。

 若手官僚の男達は無理やり未成年の僕を歩かせ、足を半ば引きずる形で連行する。 


 連行される途中で睨みつける安曇顧問の前に立たされたが、彼が「連れて行って下さい」と言うと、そのまま歩かされた。


 段々と意識がはっきりしてきた。

 四人の若手官僚に拘束された僕と本城さんは、男達に囲まれながらエレベーターに押し込まれる。

 僕らの眼前で安曇顧問が鬼塚課長へ質疑していた。


「ジャマーは丸ノ内にいるのですか? なぜ、そこへ」


「推測だが電磁波を吸収し、体を構築する為、近場でより電波の多い場所を選んだと考えられる。都心で電波の多い場所は必然的に、人口密集地だ」


 鬼塚課長はスマートホンを取り出し、階層ボタンの前にかざすと、八人を乗せた鉄の箱は降下。

 エレベーターの液晶パネルは地下三階まで表示すると、カウントが(ゼロ)になって、そこから先はゼロのまま止まる。

 にも関わらず鉄の箱は降下し続け、階層ボタンにない秘密の場所へ到着した。


 総通局の存在しない地下層。

 ジーメンスの指令(オペレーショ)本部(ン・ルーム)では、全ての職員が慌ただしく作業していた。

 鬼塚課長が全体に聞こえるように声を張り上げると、男性オペレーターが答える。


「状況を報告して下さい」


「十五分前にDEURAS(デューラス)が丸ノ内近郊で巨大なジャマーを検知しました。スプリアス発射はすでに、千代田区と中央区へ広がっています」


「定点カメラの映像でジャマーを確認」


 鶴の一声で六つに区分されていた巨大モニターは映像を切り替え、一つの画像がモニターを占領する。

 指令本部から一斉に驚愕の声が漏れ出る。


 モニターを陣取った紺色の巨体は、丸まった猫背を起き上がらせ、東京駅の真上を支配し、夜空を遮る。

 上半身は高層ビルを優に越える高さだ。

 首は蛇と同じく折れ曲がり、口は皿のように平たく広がって、唇は頬まで裂けている。

 鼻先には龍の角に似た幾つものトゲと、エビの触覚に似た一際長い二本の髭。

 二本の髭の先端は営利な刃がくっつき、長い髭は時折、波打って動く。

 全体的なシルエットは山の大きさに匹敵するナマズだ。


 巨大ナマズの背中には流線型の背ビレが尾まで続き、胴体から生えた魚のヒレは、実物だと面積が広いかもしれないが、モニターで縮尺されると、リボンがハミ出しているようで可愛く見える。


 何より、その目玉に覚えがあった。


 僕が昼の授業で居眠りをしていた時、まぶたの裏が砂嵐に覆われると、砂嵐の亀裂から二つの赤い目玉が現れた。

 そのマグマのように赤く発光する目は、蛇やワニと同様に鋭いナイフを思わせ、狂暴さを一切隠そうとしない。


 間違いない――――コイツは僕の中にいたジャマーだ。


 鬼塚課長がモニター下で作業する女性オペレーターへ指示。


「ジャマーの計測を」


「了解しました」


 女性オペレーターがデスク上のタッチパネルを慌ただしく操作すると、モニターに映るジャマーの巨体と建物が、いくつものメモリに囲まれ、上下に忙しく動き回りながら周辺の建物と大きさを比較する。

 この指令本部に集う職員は、固唾を飲んで見守っていた。


「課長。計測が完了しました」


「結果は?」 


「体長は――――三〇〇メートル。横幅が一〇〇メートル」


 結果が報告されると、ニ十人規模の本部からどよめきが起こる。

 室内の反応から、希な事態なのは容易に察しがついた。


 職員によっては唖然としながら「大きい」や「あんなモノ、初めて見た」など、他は「化け物だ」と、言葉が飛び交い動揺が広がる。

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