36 電磁怪獣現わる
「そこまでだ!」
強風に負けないくらいの声量で安曇顧問が呼び止めると、アンテナから放つ青白いレーザーが途切れる。
振り向くと屋上に駆けつけた五人の官僚に同行した鬼塚課長が、複雑な表情を浮かべていた。
安曇顧問は厳しく咎める。
「本城監視官。君が我々に行った問題行動は見過ごせない。君達を拘束する」
安曇顧問がスーツ姿の取り巻きへ命じて本城さんを押さえ込む。
スキを突かれた彼女は、二人の男に両腕を掴まれて暴れる。
「ちょっと!? 何すんのよ、触るな!」
守り手が無力だと解り、スーツの男達は僕へ迫り立ちはだかる。
鬼気迫る表情でこちらを睨む男達に、恐怖し鼓動が早まった。
助けて、本城さん――――。
本城さんへ目をやるが、当の彼女は身体の大きい男達に両腕を摘ままれ動けない、本城さんもこっちに視線を向けるが、何も出来ないと言わんばかりに、純白のコートを着込む美女は悔しそうに眼を逸らした。
もう、僕を助けてくれる人は、ここにはいない。
今は周囲の全てが敵なんだ。
同じだ――――僕が得たいの知れないジャマーという怪物に襲われ、それを親友やクラスメイト、先生、家族にも話して助けを求めたが、誰一人、信じてくれなかった。
当然だ。
普通の人には電波の怪物なんて見えないんだから。
それどころか、おかしなことを言い始めた僕を、周囲は不気味だと遠ざけた。
逆の立場なら僕も同じように「見えない怪物に襲われた」と、妄言を吐く人物をとは距離をおく。
その距離をおかれた人物は他でもない、この万城目・縁司だ。
そうして僕は十年もの間、引きこもりにおちいった。
誰も自分の味方はいない。
外の世界は僕を突き放した。
見るモノ全てが敵なんだ。
ドクン――――――――。
胸の鼓動が強くうねる感触を覚えた。
溜め込んだ負の波が、身体の底から押し寄せて来る。
自分の胸を押さえると、心臓の鼓動が次第に早くなる。
肺を直接握り潰されるような感覚に襲われ、屋上の強風でも冷やすことすら出来ないほど、発汗が止まらない。
尚も負の感情が間欠泉のように込み上げてくる。
敵だ! ここにいるヤツらは全員、敵だ!!
敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ敵だ。
――――全部、ぶッ壊シテ、ヤ、ル――――。
視界がぼやけ全身に火傷したような痛みが走る。
メガネがずり落ちて何も見えなくなると、“あの砂嵐”が目の前を覆い、砂嵐に二つの亀裂が現れ、マグマのような不気味に光る目玉が現れた――――――――
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「万城目君!?」
私こと本城・愛は今日という日を生涯悔いる。
警護対象者を守ることもできず、リスクをはらんだジャマーの解放を許した。
私はジーメンスの電波監視官、失格だ。
月夜に照らされた一人の少年は、胸を押さえながら白目をむいて発狂。
星空に向かって野獣のような雄叫びを上げ、赤黒い炎の柱を全身から放出した。
放出された赤黒い炎の柱は、五秒にも満たなかったが、万城目少年を火炙りにしているのかと見まがう恐ろしさだ。
少年から毒気が抜けたのか、彼は膝から崩れ落ちて地面に倒れ込む。
この不気味な現象に眼を見張ったのは、電波が肉眼で捉えられる私と、上司の鬼塚課長だけだ。
電波が見えない感じの悪い安曇顧問。
私の両脇を抱える二人の脳筋部下。
万城目君へ詰め寄ろうしとた残りの冴えない部下二人。
この五人は少年の雄叫びに驚き、ゼンマイが切れた人形のように動かなくなった。
スキが生じたことを見逃さず、両脇を抱えた脳筋の男二人を振り払い、万城目少年へ駆け寄った。
「万城目君? 起きろぉ! 万城目・縁司!?」
私が抱きかかえてから揺さぶると、虚ろな眼で意識を取り戻す。
「……本城さん? 僕……どうしたの?」
私は指で彼のまぶたを開き、瞳孔の収縮具合で意識の有無を確認。
瞳は光りにしっかりと反応している。
脳などにダメージがないことが確認できると、倒れ込んだ拍子にケガをしていないか調べる。
流血や骨折らしき外傷は無い。
ようやく安心できると脱力しかけた時、落ちつく間も無く、後方にいる鬼塚課長が声を荒げる。
「本城くん、見ろ!」
私は上司が指し示す方角を見た――――。
丸ノ内、東京駅方面。
立ち並ぶ建築物の隙間から怪しく蠢くモノが見えた。
ネオンに輝き立ち並ぶ高層ビルよりも、遥かに高い影がせり上がる。
「ウソ……ジャマーなの?」




