35 その女、凶暴につき。必殺の愛スマッガー
安曇顧問は本城さんに高圧的な態度を見せる。
「これ以上は介入しない方が利口だ」
「そうやって偉い人達はリスクの大きい話しに立ち入るなとか、踏み込むなって聖域のような扱いしますね?」
「安全は文明により造られた聖域だ。我々の仕事は、この国の安全を神話として継続する事だ」
嫌味な痩身の取り巻きが遠目から横槍を入れる。
「時間の無駄だ。邪魔するなら上層部へ報告して処罰してもらうぞ」
それを合図に前へ出ていたガタイの良い男が、無言で詰め寄り本城さんを押しのけ、強引に僕の腕を掴む。
男の握力で手首が痛くなり、僕は反射的に振り払おうとしたが、それすら許さない。
中学生の未熟な体格と屈強な成人男性では、鼻っから結果は見えている。
「は、離して……離せ!」
室内から連れ出そうと扉へ向かうスーツの男達を止める為、本城さんは回り込んで立ちはだかり進路を塞ぐが、足止めする策が無いのか無言で立ち尽くすだけだった。
スーツの男は「どけ!」と、一括して彼女を、その図体で弾く。
指令本部では、他の職員はこの騒ぎをただ傍観しているだけだった。
僕が後ろに目をやると本城さんは、無力感にうちひしがれ、伏せた顔で見送る。
どうして?
何で本城さんは助けてくれないの?
この前みいに颯爽と現れ危機から救い出してくれるんじゃないの?
張り裂けそうな胸を叫び声にする。
「本城さん!」
脳裏に未来の記憶が蘇る。
白い服にコートに身を包み幽霊のように姿を現した女性。
過去にさかのぼり今、経験していることから、ようやくあの時の存在が紐解けた。
十年後の未来で僕の前に現れた謎めいた女性の影。
紛れもなくアレは本城さんだ。
僕が経験した時空ではMKウルトラ・イワト構想は実行され、僕は引きこもりの人生へ進んでしまった。
それに対して本城さんは姿を現し、謝罪しに来たのだ。
――――ごめんね。守れなくて――――
結局、頑張ったところで人生なんて変わらない。
何も変わらないんだ。
こちらの声に彼女は顔を上げ、僕こと万城目・縁司と視線を合わせた後、何かを呟く。
「これだから……大人は信用できないのよ」
本城さんは手を後頭部へ回し、秘密道具を掴み構えた。
それを見た鬼塚課長は暴れ馬を止めよるように、慌てて制止する。
「ま、待て! 本城……」
忠告を無視して掴んだエクステを思いっきりブン投げた――――――――。
ブーメランのように飛ぶエクステは、本城さんの意志が宿っているかと思えるほど、連れ去ろうとする男達の顔面に、弧を描きながら次々命中して行き、全員を吹き飛ばすと主の元へ戻って来た。
彼女は回転するエクステを掴み頭の後ろへ装着。
助けた僕へ駈け寄り手を取って連れ去った。
周囲が唖然とする中、たまたま取り巻きが盾になり、襲撃を逃れた安曇顧問が呆気に取られながら言う。
「気は確かか? 一体どこに逃げるつもりだ」
部下の不始末に焦る鬼塚課長は、服の袖で額の汗を拭いながら言った。
「彼女のことだ。恐らく一人で取り憑いたジャマーを殲滅するつもり気だ。その為、巻き添えを出さず人目に付かない開けた場所――――庁舎の屋上」
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そびえ立つ巨大アンテナは縦長のブロックが二つ並んだように見え、中にミサイルを収納しているのかと思わせる造りだ。
千代田区役所の屋上からは東京が一望でき、都会の夜景を堪能出来た。
足を運んだ時は昼下がりだったけど、時間は過ぎ去りすでに月が顔を出していた。
新宿、池袋の高層ビルを始め左側には丸ノ内周辺のビル。
視線を一八〇度回せば発光する空飛ぶ円盤のような物が見える。
東京スカイツリーの展望台だ。
夜景に囲まれた都心のど真ん中に、ブラックホールに食われたような暗闇が、ポッカリ空いていた。
暗闇の中は小さな光りが点在していて、広大な皇居の敷地だと解った。
「いい? すぐ終わらせるわよ」
ジーメンスの秘密基地で狂乱した本城さんに連れられ、屋上へ来た僕は、強風にも負けず頷いた。
本城さんはコートの内ポケットからボールペンに偽装したアンテナを取り出し、右手で握ったボールペンを左耳に近付けた後、空気を裂きながら振り下ろす。
勢いよく振り切ったアンテナは特殊警棒のように伸び、三つに割れたペン先を向けられた。
まるでナイフの先を向けられているようで、全身を強張らせた。
そのアンテナの先が微かに揺れる。
風で揺れているわけではない。
僕に取り憑いたジャマーに反応を示している。
電波監視官の本城・愛が集中力を高めると、青白いレーザーが僕の胸に突き刺さる。
だけど――――――――。
「そこまでだ!」




