34 MKウルトラ・イワト構想
本城さんは耳打ちをしながら解説を捕捉。
「イワト構想は電波を利用して、人の脳波に働きかけて行動を制御、無力化する作戦」
「で、電波で人を操るってことですか? そんなこと……」
「理論的にできるわ。実験で立証した科学者の名前を取って、"リリー波"と呼ばれてる電磁周波を使えば、人間を洗脳できる」
「リリー波?」
「ここでは抑制電波って呼んでる」
「で、でもジャマーが出てこなくなるなら、問題ないんじゃ?」
「問題しかないわ。その特殊な電波は人間の脳に強い影響を与える。活発な性格だった人間が急に内向的になり、うつ病や精神異常を来たし、他人との接触を拒むようになる」
「それって……」
僕にも経験があった。
引きこもりだ。
MKウルトラ・イワト構想のイワトは、もしかして日本神話に登場する天岩戸のこと?
検索したことがあるけど、天照大御神が怒り狂って洞窟の中に閉じ籠った話だ。
十年後の僕が引きこもりになるきっかけになった時代は、この年代だ。
まさか、そんな――――僕はジャマーが見えるようになってから、世界が怖くなり引きこもりになった。
でも、その真相はジーメンスの偉い人達が計画した、マインド・コントロール作戦だった。
安曇顧問は血液が通わない機械のような口調で、鬼塚課長と交渉する。
「全ての人間が抑制電波の影響を受けるわけではありません。電磁波に共振する一部の体質を持つ者のみが、行動を制御されます」
「一部? イワト構想を実行すれば、何百万人もの人生が狂ってしまう。他人の人生が良くない方向へ進むかもしれん」
「大多数を守る為には少数の犠牲が伴います。それにより、国内の安全は神話として保たれる」
「安曇君。その理論で犠牲者を出していたら、我々は一体、誰を守る? 私も君も国民を守る為に、ここで働いているのだろ?」
話が一行に進まないことに対し、安曇顧問はイラ立ちを隠すように顔を伏せて、思案した後に返事を返す。
「僕達は、このセクションを監督する役目もあります。上に、ここの仕事ぶりを報告するのですが、報告のしかたによっては、この場にいる職員の人事に大きくかかわります」
「我々を脅しているかね?」
「これが僕達の仕事です。今、対峙する職員は人事で飛ばされる覚悟はある、と解釈してよろしいですか?」
それを聞いた鬼塚課長の脇を固める四人の職員が、二歩後ずさった。
課長は部下の思わぬ行動に動揺する。
「き、君達。なんで下がるの?」
安曇顧問は鬼塚課長へ追い討ちをかける。
「課長。あなたも定年前に退官したくないですよね?」
鬼塚課長は、さっきまでの鬼神をはね除ける勢いが失われ、完全に消沈してしまう。
本城さんは「課長!?」と激を飛ばすと、課長は悲哀に満ちた返しをする。
「すまない。所詮、監視ゼロ課もお役所なんだ」
「これだから、大人は信用できないのよ……」
ガタイの良い安曇顧問の取り巻きが、鬼塚課長達を押し退け僕へ近寄ろうとすると、本城さんが前に出て通せんぼで抵抗する。
安曇顧問はダダっ子に手を焼く親のように、ため息をついてから彼女の説得を試みた。
「僕は貴方達のように電波が見える訳でもない普通の人間です。しかし、ジャマーと言う脅威は理解しているつもりです。早めに手を打たなければ」
「理解しているつもり、か……何も知らないって、本当に幸せですよね?」
安曇顧問の一番端に立つ、尖り目で痩身の男が嫌味な笑いを見せて言う。
「お嬢ちゃん。随分とこだわっているが、その抑制電波で君も頭の中をアレされちゃったのかな?」
安曇顧問以外の若い官僚達がせせら笑うと、本城さんは矢を射るような視線で一瞥。
あの視線には覚えがある。
彼女のポニーテールに偽装した秘密道具、手裏剣のように投げ飛ばすエクステをうっかり鷲掴みにした際、『電磁波で焼き殺す』と忠告してきた時の眼だ。




