32 脅威電波調査係と上席電波監視官
僕は素朴な意見を言う。
「でもジャマーって、普通の人は見えないから気にしなくても……」
「ジャマーは存在こそ知られないけど、その影響は多大な被害をもたらす。しかも、ジャマーが大きければ大きい程、発する脅威電波は強力になる。強烈な電磁波は地面を伝って活断層を激しく振動させ、場合によっては大地震を起こすの…………今、この国の安全神話が根底から覆ろうとしている。ダーウィンの進化論や自然法則を無視して未知の生命体が、この世界を脅かしているわ」
また始まった……。
本城さんの話しに熱が入る。
彼女は愛嬌良く人差し指を立てながらウィンクして話を締めくくる。
「そこで、私達のように陰ながらジャマーと脅威電波を監視、殲滅する特別な組織。ジーメンスが必要な訳よ!」
「へぇー……本城さんは、いつからここで働いているんですか?」
「あなたと同じ中学二年でここへ来て、もう四年になるわね」
と、言うことは僕の四つ歳上だから十八歳……高校生?
コーヒーを嗜んでいると、中年男性が忙しそうにリラクゼーションルームへ入って来た。
「本城くん!」
「鬼塚課長。おつかれさまです!」
鬼塚と呼ばれた男性は腹が出た狸のような体格で、オールバックに眼鏡を掛け、白いワイシャツの上に赤いカーディガンを着ている。
ネクタイはクジラの絵柄で何とも可愛らしい。
名前に鬼と付いているが怖い印象は無く、むしろ頼りない疲れた顔をしている。
課長と呼ばれたから、ここでは一番偉い人なのか?
鬼塚課長と呼ばれた人は困った顔で本城さんへ言う。
「君ねぇ、あまり勝手なことしないでくれる? 部下の失敗は上司の責任なんだから、何かあると私が怒られるからね」
そう話すと中年男性は僕を一瞥する。
その眼はどことなく警戒の眼差しを向けているようで、反射的に身構えてしまった。
警戒しつつも眉を下げた眼差しは、哀れみに似た感情が乗せられている気がした。
話は終わらないようで、本城さんへ視線を戻し言葉を足す。
「この前あった学校の事件、本来なら警護対象を本部へ移送しなきゃいけないのに、君、途中でマニュアル無視して動いたでしょ? あの後、私が偉い人に怒られたんだから」
本城さんが生返事で返すと、鬼塚課長は目を細め「頼むよ?」と約束させ、慌ただしく部屋を出た。
上司が去って行く背中へ彼女は舌を出して反発の意志を見せる。
いきなり見知らぬ大人が出てきて戸惑ってしまったので、本城さんに解答を求めた。
「今のオジサンは誰ですか?」
「あの人は監視第ゼロ課を統括する鬼塚課長。あれでも上席電波監視官よ。公務員だから役職は主幹だったかな?」
「上席? 主幹?」
「私のような下っぱ電波監視官と違って、二つか三つくらい、えら~い人なんだけど、あの慌てぶりと頼りない物言いだと、そうは見えないわよね。良くも悪くも中間管理職ってやつね」
上の立場の人とか下っぱで働く人とか、まるでお役所みたいだけど、よくよく考えてみれば、国から電波怪獣を取り締まるよう命じられているから、お役所には違いないのか……。
ガラスの向こうを見ると、職員の一人が鬼塚課長へ小走りで近寄り、緊張した面持ちで報告していた。
何かの伝言を聞いた鬼塚課長は、また部屋へ戻って来ると端的に伝える。
「本城くん。本省(総務省)より電波部の人間がやってきたぞ」
それを聞いた本城さんはバツの悪そうに呟く。
「やっぱり来たか……官僚襲来」




