30 千代田区役所の深淵
おもちゃのブロックを並べたように建物が点在し、それを囲む高速道路はミニ四駆が走るサーキットのように入り組んでいる。
東京都・千代田区九段下。
首都高速道路を走る黒のセダンは、出口の飯田橋で降りて皇居方面へ進む。
後部座席に座る僕の隣には、同伴する本城さんが保護者のように寄り添ってくれた。
沼に浮かんだ城を思わせる広大な皇居周辺。
内堀通りを走って行くと、玉ネギのシンボルが印象的な日本武道館を通り過ぎ、清水門に到着。
道路に面した銀行や税務署、法務局に挟まれた建物の前で車は停車し降された。
バーコードを立方体にしたような建造物の入口には、大きなモノリス型の金属版と裏に縦長の電光掲示版、その右奥に球体を螺旋で囲んだオブジェが置いてあった。
本城さんは両手を腰に当て得意気に説明する。
「到着! ここは関東総合通信局。略して総通局が置かれている庁舎よ」
金属版は上部に【九段第三合同庁舎】と建物名があり、その下は順に【総務省 関東総合通信局】その他、財務省や税関、麻薬取締部、国土交通省などの名称が並ぶ、さらに下は【千代田区役所本庁舎】と有り、図書館や労働支援施設等の名称が続いた。
彼女は全面硝子張りの出入り口には足を運ばず、建物の裏へと歩いて行く。
「本城さん? どこ行くんですか?」
建物の裏は首都高速道路が走っており、真下には日本橋川が、道路に沿うように続いている。
というより、川をなぞるように高速道路が作られていると言った方が正しい。
庁舎裏は何本もの木とスチールの柵で川と仕切られ、彼女は手前に突き出た四角い柵へ歩み寄る。
近くに立つプラスチックの白い板には【千代田区本庁舎 防災船着場】と表記されている。
本城さんが柵の鍵を解いて扉を開き、川へ降りる階段で堤防沿いに下りて行くので、僕は訳もわからずついて行った。
折り返しが有る階段に差し掛かり、歩みを進めると面積の小さい桟橋に付いた。
真上を走る高速道路が屋根になり、川は昼間でも薄暗い。
本城さんがスマートホンを手に取り操作すると、川沿いの壁がへこみ、扉のようにスライドして入口が現れた。
「うわっ!?」
僕は驚きながらも電波監視官の美女の案内で、一緒に謎の入り口へ入る。
後ろで扉が閉まると中は洞窟のように明かりが少なく暗い。
本城さんは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ふふふ、まさか区役所の地下に秘密基地が有るなんて、誰も思うまい」
通路をしばらく歩きエレベーターに到着。
無機質な金属のエレベーターで長い間、地下へ降りて行き止まったところで扉が開き、光りの反射が眩しい白い廊下に出て、しばらく歩く。
そして物々しい両開きの扉の前に案内されると、入口の右に銀色のプレートが取り付けられており、文字が掘ってあった。
【G\SieMENS】
【OPERATION ROOM】
「じー……しー、めんず?」
こちらの疑問に本城さんが発音良く答えてくれた。
「ズィーメェンスゥ!」
「これ、どう言う意味ですか?」
「ジーメンスは電気抵抗の単位で電波と関係無いんだけど、元々は総務省の電気通信研究に関する外局団体の通称で、ジャマーが発見され対策チームに移行してからは、ガバメントを意味するGが付いて、電気関係のジーメンスと行政組織のGメンが合わさって呼ばれるようになったのよ」
何だか解らないが納得する素振りを見せた。
英語表記の金属プレートの下に、もう一つプレートが有り、こっちは漢字表記で掘られてる。
【関東総合通信局 電波監理部 監視第ゼロ課】
読み終えてまず思うことは――――目が疲れる。
僕がメガネを上げて、まぶた越しに疲れ目をほぐすと、本城さんは漢字の羅列を要約してくれた。
「私が所属しているのは、この総通局の一部署、電波監理部・監視第ゼロ課なの」
毎回、いっぺんに言われてもわからない。
この人と話をするコツを掴んだ気がするので、僕は聞き取れた部分だけを質問した。
「ゼロ課?」
「上にある建物の中に電波監理部があって、監視一課と二課があるのよ。で、ジーメンスも電波監理部なんだけど、極秘機関で地下の存在しない場所に秘密基地があるから、何も存在しないからゼロ。なのでゼロ課ってわけね」
「へぇー」
「立ち話もなんだし、とりあえず、入った、入ったー!」
空気をかすめる音と共に両開きの扉が自動で開き、本城さんは両手をその先へ突き出し案内する。
「ようこそ! ジャマー戦略の要、ジーメンス指令本部へ!」




