28 帰ってきた電波監視官
僕の順番になると他の生徒とは、別のビニール部屋に案内された。
ビニールで作られた簡易的な個室にポツンと取り残され、待てど暮せど検査をする自衛隊の医官は来ない。
しばらくすると、ビニールの出入り口が風ではためくように開き、迷彩柄を施した防護服の人物が現れた。
さっき親友の戸川に背後を取られたこともあり、後ろに人影がいることを読み取ると神経質になる。
肩を強張らせて、ゆっくりと振り向く――――。
防護服の人物は立ち尽くし、まるで眠気を誘うメトロノームのように、身体を左右へ揺らしていた。
ガスマスクで聞き取り辛いが何かを言っている。
「ぅう、うぁあ……か、感染したぁ……服が破れてウィルスに感染した――――」
すると、その人物は全身を激しく震わせながら、両腕を力無く伸ばし片足を引き摺りながら、こちらへ向かって来る。
その姿はまるで映画やゲームに出てくるゾンビ。
「う、う……うあああぁぁぁ―――……」
ゾンビらしき人物は呻り声を上げながら、首より上の位置まで迫り顔を寄せる。
そんな彼女へ僕は冷静な一言。
「本城さん、何してるんですか?」
ガスマスクを取ると、極秘機関ジーメンスの電波監視官こと本城・愛は嬉しそうに言う。
「ゾンビ映画で有りがちなワンシーンの再現。よく私だと解ったわね?」
「頭にエクステを付けてるから解りますよ」
言われて彼女は手をフードの後ろに回し、装着したエクステを触り驚きの声を上げた。
「しまった! つい癖で付けちゃった」
この人、本当に極秘機関のエージェントなのか?
この調子で素性を隠し通してたとは、にわかに信じがたい。
ジャマーに襲われて以来、久々の再会。
お茶目な本城さんには聞きたい事が山ほどある。
でも、その前に……。
「良かった……本当に良かった……」
「ちょ、ちょっと!? 泣いてるの?」
「だって、だって三階から落ちて、それから消えて……」
「あらあら、そんなに愛お姉さんに会いたかったのかしら?」
本城さんはモデル立ちをしながらウィンクした。
僕は感極まって彼女へ飛び付こうとする。
「ほ、本城ぉおさーん!」
両腕を出して駆け出すと、彼女もまた手を差し伸べて僕の手を取る。
本城さんは掴んだ手を引き寄せ、僕をその胸元に――――抱き寄せることはせず、彼女はその細い足を中学生の足へ引っ掻け、自身の腰より下の太ももの位置へ、僕を滑らせながら腰払いで容赦なく床へ叩きつける。
「うわぁぁああーー!?」
足が宙に浮いて一瞬、浮遊する感覚にとらわれると、急に景色が回り出してパニックにおちいり、中学生の身体はなされるがまま。
肩から背中にかけてドンッと、強い衝撃が走ると「痛いっ!?」と声を漏らした。
彼女は矢で射るような目で、こちらを見下ろして言った。
「え? 何?」
「いえ……なんでもありません」
本城さんは僕の手を掴んで立ち上がらせた後、少々、気まずい空気が漂うが、気になることは聞いておきたい。
「何で本城さんがいるの? 自衛隊と何の関係があるの? それに新型ウィルスは……」
僕の質問攻めに対し彼女は腕を振り上げ、この前みたくゲンコツが落ちると思い、咄嗟に椅子から立ち上がり身構える。
が、本城さんは振り上げた手を頭の後ろに回して、エクステを外しフードを脱ぐと、改めて秘密道具のエクステを後頭部へ装着してから口開く。
「安心して新型ウィルスが出た話はデマだから」
この人、とんでも無い事を軽々しく言ってる!?




